「沸騰中?」


首を傾げながらも、おれは、ほんの1、2センチのドアの隙間からロッカールームを覗いた。


若草色のロッカーがびっしり、ところ狭しと並んであった。


ルーム内の中心部には、三脚のベンチが3列に川の字で並んでいる。


1番奥のベンチにはユニフォーム姿の監督だけが座っていて、腕を組んで難しい顔をしていた。


床、ベンチの上、棚の上。


そこらじゅうに、みんなのスポーツバッグが散乱していた。


突然、でかい声がおれの耳を突き抜けた。


「まだ9時っすよ! せめて、あと30分! ギリギリまで待ってください!」


「お願いします!」


その声がした方へ視線をゆっくりずらしていって、おれは全身から力が抜けて行くような感覚に陥った。


ナインのみんなが、全員が、床にべったりと額を付けて監督に土下座をしていたのだ。


ふう、と溜め息をついて、監督が背中を丸めた。


「できる事なら、そうしてやりたい。でもな、岸野」


「はい」


「本部に、スターティングメンバー表を提出しなければいけない」


「けど!」


「これ以上、夏井を待っていられない。時間だ」


先発は2年の横山で行く、と監督は添えた。


「響也」


肩を叩かれて振り向くと、イガが小声で耳打ちしてきた。


「みんな、響也のこと待ってたんだぜ。絶対来るって」


そう言って、イガは背後に突っ立っていた花菜から、紙を取り上げた。


「花菜だって、これ、本部に提出できなくて、泣いてたんだ」


イガがおれに突き出してきたのは、スターティングメンバー表だった。


先発ピッチャーの欄には、2年で控え投手の横山の名前が書かれていた。


「響也の名前が載ってないメンバー表なんて、おれたちにとっちゃあ、意味ねえんだよ」


そう言って、イガはメンバー表をビリビリとふたつに裂いた。


「これでいいよな。花菜?」