花菜は鼻水をズビビビーとすすって、目をぐいっとこすった。


花菜の泣き顔を見た時、おれの肩から要らない力が抜けてしまった。


スポーツバッグが肩からずり落ちた。


「そんなとこで何やってんの?」


間抜けな声で言い、肩からずれ落ちたスポーツバッグを背負い直した。


「響也あああっ!」


「げっ!」


こんな乱れた花菜は、見た事がなかった。


「来んの遅いよ! ハゲー!」


まるで赤子のように泣き叫びながら、花菜はおれの胸に飛び込んできた。


まるで、いのししのように。


「うあああーっ」


「えー……花菜、どうした? 泣くな」


翠以外の女を、この腕で抱き止めたのも初めてで、正直、かなり戸惑った。


「もうっ! ほんっとにもーっ!」


花菜は小さな握りこぶしで、わんわん泣きながら、おれの胸をドンドンと叩いた。


痛かった。


「響也が居ないと、南高は勝てない! 遅いよ! 響也のアホー!」


「ごっ、ごめん! 花菜、おれっ」


花菜をなんとかなだめようとして必死になっていると、ロッカールームのドアが開き、イガが飛び出してきた。


おれを見たイガは目を見開いて、ドアを優しく閉めた。


「響也。待ってたよ」


「イガ……遅くなってごめん、おれ」


と帽子を取って頭を下げようとしたおれに、


「それ以上、言うなよ」


とイガは言い、歩いてきておれの肩を叩いた。


「おれは信じてたから。うちのエースは中途半端なやつじゃないって。みんな、同じだよ」


な、花菜、とイガは微笑んで、花菜の頭をポンポンと撫でた。


「ちょっと来いよ。いいもん、見してやる」


とイガは言い、おれをロッカールーム前に連れて行くと、ドアを数センチだけ引いた。


「なに?」


「いいから、ちょっと見てみろよ。中は沸騰中だ」


とイガは小さく肩をすくめた。