「「響也」」


父さんと母さんが、驚いた顔でおれを見つめていた。


「心配かけて、すいませんでした!」


帽子を取り、おれは深く頭を下げた。


「頼みがある。もう、時間なくて。県立球場まで、送って欲しい」


10時、試合開始の、一世一代の大切な試合に。


どうしても、間に合いたい。


「大丈夫なのか? できるのか?」


父さんが、いつになく冷静な声で訊いてきた。


「できる」


顔を上げると、母さんと目が合った。


母さんはにっこり笑っていた。


「全然、寝てないんじゃない? 本当に、投げれる?」


「できる! 投げれる!」


「なら、車に乗れ、響也」


と、父さんは読んでいた朝刊をバサリとテーブルの上に放り出し、車のキーを手にした。


「こうなるんだろうとは、予想していたさ。響也は、そういう男だからな」


急ぐぞ、そう言って、父さんはさっさとリビングを出て行った。


「ほら、響也も急いで。母さんはテレビ中継で応援してるから」


「母さん、県立球場に来ないの?」


「今日は翠ちゃんのとこに行くわ。冴子さんと、一緒にテレビ中継で応援してるから」


ポン、と背中を押された時、おれのスイッチも入った。


「翠と、さえちゃんに、伝えて。絶対勝つからって」


リビングを飛び出して、父さんの車に乗り込む。


時刻を確認すると、もう、8時になろうとしていた。


「父さん、もっと急いで」


「分かってる」


車は国道をビュンビュン突っ切って、県立球場へ走った。