「わーっ! けんごくん、ごめんなさーい」


おれが投げたボールは大きく大きく弧を描き、けんごの頭を越えてずーっと向こうまで行ってしまった。


「おまえ、ほんとうに野球はじめてなの?」


ボールを拾って帰って来たけんごは、はあはあと息を切らして、目をきらきら輝かせていた。


「うん。はじめてなげた。ごめんね、へんなボールなげちゃって」


ごめんね、と心から謝ると、けんごは首を振っておれの左腕を掴んだ。


「おまえ、ピッチャーやるといいよ!」


「えっ! できないよ。だって、野球好きだけど、やったことないもん」


「できるよ! おまえ、肩強いから」


「強い?」


そう返して、肩をぐるぐる回してみた。


おれの肩、強いの?


けんごは、大きな目をくりくりさせて、顔を近付けてきた。


「おまえ、こうしえんて分かる?」


「分かるよ! だって、阪神タイガースが好きなんだもん。こうしえんきゅうじょうのことでしょ?」


「おれも! 阪神タイガースのファンなんだ!」


「けんごくんも?」


同じ阪神タイガースファンの人がいた事がうれしくて、おれもけんごに顔を近付けた。


けんごがニッと笑うと、白い歯がこぼれる。


「けんご、でいいよ。おれも、きょうやって呼んでいい?」


うん、と頷くと、けんごはおれに握手をしようと、手をのべてきた。


おれが握り返すと、けんごはおれの耳にひそひそ話をした。


「こうこうせいになったら、一緒に、こうしえん、目指そうよ。な、きょうや」


こうこうせいになれば、あの、憧れのこうしえんきゅうじょうに行けるのか。


けんごが熱く語る「こうしえん」の意味も分かっていないくせに、おれはひどく胸を焦がしていた。


高校生になって、健吾と一緒に、甲子園に行きたい。


幼いおれは、しっかりと頷いていた。