ここは腐っても男の意地だ。

いつも負けっぱなしじゃ、男が廃るってもんだ。

負けず嫌いなおれは、ここぞとばかりに睨み返した。

「こら! 夏井、吉田! お前達は人の話を聞いているのか?」

これで、今日3度目だ。

すいません、と雑な謝罪をしておれは椅子に座り直した。

こちらをじっと睨む彼の目を見て、おれの予感は確信に変わった。

これで、数学担任も敵に回してしまったのだろう。

こういった事は初めてじゃない。

国語も英語も、地理も。

ほとんどの教科担任を、おれと翠は片っ端から敵に回してきた。

翠に関わると、ろくな事がない。

だから、こちらかは極力関わらないようにしている。

でも、そんなおれにはお構い無しに容赦なく、翠の方から関わってくる。

人の触れられたくない領域にまで、翠は堂々と土足で踏み込んでくる。

そして、それをおれはかわすことができないのだ。

「やーいやい、また怒られてやんの」

そう言って、ケケッと翠は笑った。

「馬鹿だな……翠、お前もだよ」

「えっ! あたしも? 何でよ」

窓際の席は、今日も暑い。

きつい陽射しが、左半身をぎらぎら照り付ける。

熱い。

特に、窓際後ろから2番目と3番目の辺りが。

窓から迷い込んで来る午後の温い風に紛れて、あの匂いがおれの鼻先をくすぐる。

アプリコットのような甘ったるく、でも、一際爽やかな香りが。

授業が終盤に差し掛かった頃、おれの左肩をぽーんと飛び越えて、小さく丸められた白い紙が飛んできた。

緩い緩い、弧を描いて。

それ、はノートの上でワンバウンドし、ころころ転がってぴたりと止まった。

ノートの切れ端か何かだろう。

今、これを開いてみるべきなんだろうか。

少し躊躇しながら、それを手に取った。

これを開いて呼んだ時の事を想像したからだ。

呼んだ時、数学担任から怒鳴られる羽目になるだろう、と。

だって、きっと、おれは笑ってしまうだろうから。