おれは手帳をバタリと乱暴に閉じて、机につっぷした。


喉の奥から涙が込み上げ、胸が沸騰した。


熱い。


「ふざけんなって」


何でだ。


何で、おれは、気付いていなかったのだろう。


翠が、こんなにもおれの事を想っていたなんて、全然、分かっていなかった。


少しは、病気が治るように、とか、元気になれますように、とか。


いろいろあるだろうに。


でも、翠は、入学した時から、ほとんどおれの事ばかりを願っていたのだ。


翠が、あの、わがままで自己中で、気高い翠が、だ。


自分の事はそっちのけで、おれの事を願っていたなんて。




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補欠の一球にかける、夏
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どうしてだろう。


どうして、翠は、こんなに情けないおれなんかの一球に、夏をかけようとしているのだろう。


机につっぷして泣き続けていると、今日までの日々が走馬灯のように襲ってきた。


―おれ、夏井抜きの南高なんて想像つかねえよ―



病院の暗いロビーでおれを睨んだ、岸野。


―おれは、夏井の左腕と心中するつもりだ―


真っ直ぐな目で、初めて監督に言われた言葉。


―翠を甲子園に連れてってやってよ―


翠とそっくりな顔で、明るく笑うさえちゃん。


―響也のへなちょこボール、9年も受けてきたのは、このおれだ―


健吾のリードなくしては、今のおれは存在しない。


金属バットの甲高い音が木霊する、夕方のグラウンド。


砂ぼこりだらけで、マネージャーが掃除してくれないと汗臭い、部室。


練習が終わると、部員たちのたまり場になる、駐輪場。


フェンスから突き抜けて来る、潮風。


深紅の縫い目が少しほつれた、白球。