「響ちゃん……何で?」


さえちゃんは泣いていた。


でも、この時のおれには、優しい言葉をかけてやれるだけの余裕なんてなかった。


これっぽっちも、なかった。


「何でじゃねえよ、こっちが訊きてえよ! 何でおれに隠すんだよ! 何で連絡くれねえんだよ!」


ダアン、と床を踏むと、さえちゃんは立ち上がり、おれの体を病室に引きずり込んだ。


「落ち着いてよ、響ちゃん。静かに。病院なのよ」


「分かってるよ!」


苦しかった。


実際にそんな事をしたことはないのに。


42.195キロのフルマラソンを完走したあとのような苦しさが、喉の奥に広がっていた。


心臓がはち切れそうだ。


さえちゃんが、おれに頭を下げた。


「ごめん、連絡しなくて。けどさ、明日から大会じゃない。だから」


「けど! それとこれとは別だろ? あかねちゃんから電話貰わなかったら、おれ、何も知らないまま」


明日の初戦に挑んでいたかもしれない。


「で、翠は?」


「今、ICUで治療受けてる。意識が戻らない」


愕然とした。


それと共に、切れた。


明日からの予選大会に向けてピンと張っていた集中力の糸が、プツリと一発で切れた。


肩の力がすうっと抜ける。


「響ちゃん? 大丈夫?」


おれは腰を抜かしたように、冷たい床にぺたりと座り込んだ。


翠は、夕食直前に急に心拍数が下がり、血圧も低下し、意識を失ったらしい。


手術後の経過は順調と診られていたのに、ここにきて、合併症を併発したらしい。


一命はとりとめたものの、意識が戻らないままだ。


このまま意識が戻らなければ命に関わるのだと、さえちゃんは泣き崩れた。