「無理してないし」


「おれ、待合室で待ってるからな」


と言い、額を撫でてやると、翠はニカッと笑った。


ああ、眩しい、と思った。


まるで、太陽の陽射しだ。


爽やかで、香ばしくて、いとおしくて。


翠が笑うと、なぜかつられて笑ってしまう。


例えば、バッターボックスに立っていて。


ツーストライク、ノーボール、で追い込まれている。


ここは慎重に一球を見極めなければいけないのに、それなのに、スピードボールにつられて、完璧なボールを渾身のフルスイングしてしまうように。


翠は病衣のポケットから、小さく折り畳んだ紙を取り出した。


「補欠、はい、これ」


「何、これ」


とその紙を受け取り、おれは翠の顔を見つめた。


「補欠」


「うん」


「もし、手術が長引いて、練習に間に合わなくなりそうになったら、これ読め。んで、迷わずに行け」


そう言い残し、翠は手術室に入って行った。


もう、ドアは完全に閉まっているのに、おれはそこから動けなかった。


ドアをずっと見つめて、突っ立っていた。


『手術中』という赤いネオンの色を見つめながら、呆然としていた。


「響ちゃん。待合室に行こう」


さえちゃんに声を掛けられ、おれは言う通りにした。


何度も何度も、手術室を振り返りながら待合室に向かった。