突然、翠はベッドに立ち上がり、鼻息を荒くしてべらべらと話し出した。


「補欠はさ、あたしにベタ惚れなの! あたし無くしては生きて行けない男なのよ! 分かる?」


フンッ、フフンッ、と翠は高飛車なお嬢様のように、腰に手を当てふんぞり反った。


鈴木さんは開いた口が塞がらない様子で、ぽかんとして翠に圧倒されていた。


「ぷっ」


おれはもう堪えきれなくなり、ついに腹を抱えてげらげらと笑った。


おれに気付いた翠と、目が合った。


「よう、翠。来たぞ」


おれが笑いながら入って行くと、翠は急に顔を真っ赤にしてベッドの中に潜り込んだ。


「ギャー! すけべー! いきなり入って来んなよ! お前はヨネスケかー!」

「はあー?」


となりの晩御飯のことを言いたいのだろうか。


笑っている鈴木さんに、どうも、と頭を下げると、鈴木さんはにたにたと笑った。


丸い目を、たぬきのように垂れ下げて。


「翠ちゃんにベタ惚れ彼氏のお出ましだ。邪魔者は退散します」


練習、毎日、お疲れ様ね、と鈴木さんは言い、おれの肩をポンと叩いて病室を出て行った。


翠はベッドに潜り込んだまま、ぴくりとも動かない。

カツコツ、と時計の針のが病室に響いていて、窓からはまだ見馴れない夜景が輝いて見えた。


おれはベッドの横のパイプ椅子に腰を下ろした。


「暑っちいな、翠」


ベッドの中に聞こえるようにわざと大きな声で言い、スポーツバッグから飲み掛けのアクエリアスを引っ張り出して、一気に飲み干した。


喉がカラカラで、足りないくらいだ。


練習を終えて、水分補給もまともにせず、一目散に自転車を走らせたからか、体内水分のパーセンテージが半分を切っていた。


空になったペットボトルをスポーツバッグにしまっていると、突然、翠がおれの腕に掴みかかってきた。