「はあ……何でしょうか」

そう訊き返し、おれは顎が外れてしまいそうなほどの、大きなあくびをした。

「連れてけ」

「は? 何? どこに?」

「本物のエースになったら、甲子園に連れてけ」

それまでは補欠エースって呼んであげる、そう言って、翠は後ろに隠していた右手をおれの顔の前に突き出した。

銀色の野球ボール。

それは、アルミホイルに包まれた手のひらサイズのおにぎりだった。

「何、これ。おれにくれるの? 補欠エースに?」

自信喪失のまま言うと、翠はおれの猫背をバッチーンと叩いた。

背筋がしゃんと伸びる。

びりびり、背中が痛む。

「ぐあっ……お前、女なんだから手加減てものを知れよ」

「カッコいいじゃんか! 補欠エース」

ギャハギャハ、と顔に似合わない下品な笑い方をしながら、

「朝練だったんでしょ、ほら、食え」

と翠は言って、補欠エースとやらのおれに、それを手渡した。

野球ボールくらい小さくてコンパクトで、まんまるの形のおにぎりを。

おにぎりはまだほんのりと温かくて、食べてみると中身は焼きたらこだった。

しょっぱすぎず、丁度いい塩加減でうまかった。

一気に食べた。

確かに朝練ですっからかんだったおれの胃袋には、どう考えても足りない量だった。

でも、胃袋以前の問題だったらしい。

野球ボールサイズの小さいおにぎりは、おれの心のど真ん中を大きく満たした。

素直に、嬉しかった。

一見、水商売の女みたいな容姿の女だけれど、結構いいやつなのかもしれない、と思わずにはいれなかった。









しかし、現実に戻ってみると、やっぱり天敵なのかもしれない、と思わずにはいられない。

やはり天敵なのだ、と思い知らされるのだった。