頼む。

額が膝につきそうなほど腰を曲げて頭を下げると、健吾は何も言わずに傘を畳み、歩き出した。


「ま、そんなこったろうとは、何となく分かってたけどな」


そう言って、自転車のカゴから青いミットを取り出し、小脇に抱えた。


「風邪ひいたら、責任とれよな」


雨に濡れゆく健吾の背中を、おれは追い掛けた。


「おう。頼む」


健吾は振り向き、ニヤリと微笑んだ。


「まあ、決勝戦が必ずしも晴天とは限らねえからな」


雨が降った事を想定した秘密特訓だ。


そう健吾は言い、勿論、プロテクターを装着しないまま、ブルペンに向かった。


足がもつれて、転びそうになってしまう。


いつもは乾燥していて、砂ぼこりが舞い上がっているグラウンドなのに。


朝から雨が降り続いているせいだ。


土がぬかるんで、ねらねらと緩かった。


雨の日のグラウンドは、寂しさが極限まで達している。


しとしと、したした、と雨足が強くなってきた。


ブルペンのマウンドに立ち、ボールを握り、健吾のミット目掛けて、投げる。


視界全部を春の雨が奪いとっていて、ストライクなのかボールなのか、おれには分からなかった。


ただ、リリースした瞬間に指先が冷えて、じんじんと軽く痛む。


「ストライク! 次は?」


と訊きながら、健吾がボールを返してきた。


「じゃあ、スライダー」


投げてはみたものの、雨で滑ってボールは見事に健吾の頭上を遥かに越えて、向こうのフェンス前まで転がり、止まった。


「バカー! スライダーじゃなくて、これはワイルドピッチっつうやつだ」