誰からも連絡が来ないように。


電源を切って、スウェットのポケットに押し込んだ。


シャアシャアと、みずみずしい音を出す車輪。


自転車のカゴの中で、おれの第2の右手が無惨にも春の雨に打ち付けられていた。


急勾配を上り、まだ満開に近い八重桜のトンネルを抜けると、高校の正門があった。


正門を無心ですり抜け、グラウンドの奥にある部室前に自転車を停めていると、健吾が追い付き到着した。


「響也」


健吾がここに来る、その自信がおれにはあった。


健吾は、そういうやつだ。


「健吾」


「何かあったのか? 何で雨なのにグラウンドに呼び出したんだよ」


「悪い」


おれは、睫毛からしたたる雨粒をスウェットの袖で拭い、健吾に頭を下げた。


ごめん。


健吾は自転車から降りると、さしていた傘をおれに傾けた。


「いや。まあ、暇だったし」


「健吾、頼む! ピッチングに付き合ってくれねえかな」


健吾は左の眉毛をへの字にして笑った。


「はあ? この雨の中でかよ」


そして、不服そうな面持ちで、おれと似たような格好をしている。


休みだからラフな格好で、テレビでも観てだらだらしていたのだろう。


真っ黒な上下セットのスウェットだった。


健吾は不服そうなのに、おれは笑ってしまった。


ミットを持って来いとは一切一言も言ってないのに、健吾の自転車のカゴにはきちんとキャッチャーミットが入っていたからだ。


青い、手入れの行き届いたミットだ。


「頼む! どうしても、今日。今。おれのボール、受けてもらえねえかな」