翠は悪戯小僧のように、にたりと薄笑いを浮かべていた。

「いつになったら本物のエースになれんのさ? 明日? 来年? 100年後?」

なんて無謀な事を、翠は平然として訊いて来るのだろう。

そんなの知るか、とおれは笑いながら答え、続けた。

「お前、変な女だなあ。普通、女ってもんは、頑張ってね、とか可愛く言うもんじゃないのかよ」

「女がみんな優しい生き物だと思ったら大間違いよ。早くなりなよ、本物のエースに」

「知ーらね。まあ、いずれなるつもりだけどね」

ははっ、と情けない声を出したおれの右真横に立ち、翠は屈託のない笑顔をして言った。

美しい女だ、とおれは思った。

鼻筋はすっと通っているし、輪郭もきれいだ。

何よりも裏表のなさそうに笑う、屈託のないところが、特に。

「いずれ、っていつ?」

廊下が、すこし世話せわしくなり始めていた。

もうそろそろ登校ラッシュが始まり出した時間帯で、隣のクラスなのか、そのまた隣のクラスなのか、数名の生徒が教室の横を通り過ぎて行った。

上履きを、ぱたぱたさせながら。

「早くエースになってみろよ」

「しつけえなあ。そんなすぐになれたら、誰も苦労してねえよ。背番号1、狙ってんのはおれだけじゃないんだ」

同じ1年生のチームメイトの中にも、エースの座を狙っているライバルはいるし、勿論、2年生にもいる。

入部したてですぐにエースにのしあがれるやつが居るとすれば、そいつはきっと、生まれ持った才能の塊だ。

7月7日。

七夕の日に、群青色の夜空を流れる天の川。

きらびやかに夜空を流れるその川の、100分の1粒くらいの確率で珍しいものだろう。

そう考えると、気が遠くなりそうになった。

急に自信喪失をはかり、おれは机の上にだらしなく体を伏せた。

「あーあ……腹減ったなあ……」

「何よ、だらしのない補欠エースね」

翠は言い、自分の鞄から何かをごそごそと取り出し、腰の後ろに右手を回しながら、左手の人差指でおれの額をくいっと持ち上げた。

「おい、補欠エース」

「何だよ」

「ちょっと、お願いがあるんだけど」