「負けたんだ」

おれが背中を丸めると、さえちゃんはフフと笑って、おれの頭をぽんぽん叩いた。

さえちゃんの手は想像していたよりも温かくて、おれの頭蓋骨にしっくりと馴染んだ。

安心できた。

「何さ、たった一回負けたくらいで泣くな。また翠に怒鳴られるぞ」

そう言って、さえちゃんはクスクス笑いながら硝子ケースに入った翠を見つめた。

おれはしゃくりあげながら言った。

「夏は……夏は絶対勝つからさ」

「うん、期待しといてあげる。翠のこと、連れてったげてよ。甲子園球場にさ」

「うん」

翠が眠っている部屋の窓辺に、優しい月明かりが射し込んでいた。

とてもやわらかく、金色によく似た温かい色の月光が。