ショルダータイプのスポーツバッグには、俺の商売道具達が入っている。

洗濯済みの柔軟剤の香りがする練習用のユニフォーム、スポーツタオル。

毎日磨いている、おれの第2の右手。

グローブ。

それから、麦茶入りのペットボトルに、弁当も入っている。

スポーツバッグを机の上にどっしりと乗せると、背後で翠がおれの学ランを引っ張った。

「ねえ!」

「何?」

驚きざまに振り返り、俺が訊いた。

翠は興味深い目付きをして、明るい声で言った。

「あんた、野球部だよね?」

翠の目付きは鋭く、でも、期待に満ちているように見えた。

「あ、ああ、うん。見りゃあ分かるでしょ。この立派な坊主頭」

そう言って、おれは春にしては涼し過ぎる頭をひと撫でして笑った。

翠は大きな団栗眼を半分くらいまで細くして、けらけらと笑った。

初めての会話にしてはどこか親しげで、何年も前からの知り合いのように、ごく自然におれと翠は笑い合った。

先に会話を再開させたのは、翠だった。

「夏井響也、だよね?」

「ああ、うん。よくフルネーム覚えてたね」

おれは拍子抜けした。

40人居るこのクラスで、まだ2週間しか経っていなくて、今日、初めて会話をしたっていうのに。

おれのフルネームを翠がするりと口にしたからだ。

「まあね! 前の席のハゲの名前くらい覚えてやんないと」

「ハゲ……」

「で、ポジションは?」

「……ピッチャーだけど」

「右投げ? 左投げ?」

「左……だけど」

おれが答えると、一瞬、翠は目を丸くして、でも、すぐに笑顔になった。

爽やかに笑う女だ、と思った。

「へえ……でも、ピッチャーにしては小柄だね」

翠の一言に、おれは何も言い返す事ができなかった。

少々、悔しささえ覚えた。

その感情を喉の奥でぐっと砕いて粉々ししてプレスしてから、うるせえな、そう突っぱねて席についた。

すると、突然、背後から翠がおれの首に飛び掛かってきた。

背中がずっしりと重い。

「ヘッドローック! すねるなよー、補欠ー」