男だって、女のように泣きたい日がある。

おれは仄暗い廊下で、ただひたすら泣いた。

翠の笑顔、翠色

その下手くそな文字入りの折鶴を、お守り代わりにしてくれたのだろうか。

おれは汚れたユニフォーム姿のまま、硝子越しに眠る眠り姫を見つめて、静かに涙を流した。

翠。

翠。

早く目を開けてくれないだろうか。

一回戦負けしてしまった事を伝えれば、きっと、きみはまた怒鳴り散らすのだろう。

その可愛い顔を、般若のように強張らせて。

でも、夏は約束を果たすから、それだけは守るから。

早く目を開けて、笑ってくれないだろうか。

翠の笑顔がないと、どうにも調子が良くない。

おれは翠の右手を見つめて、暗い廊下にひっそりとたたずんでいた。

10月になれは、きっと、うざったくなるような冷たい時雨が、この街を濡らすのだろう。

11月になれば、木の葉が色づき冬支度が始まる。

12月にはこの海辺の街も薄く雪化粧をするだろう。

年が明けて1月になれば、白銀の世界よりも眩しいきみの笑顔があって、おれは瞬きせざるおえないと思う。

2月になれば、きみの大好きなチョコレートが街に並ぶ。

3月になったら、なごり雪の中で、一緒に春の準備をしないか。

4月になれば、この街も桜吹雪に見舞われて、きっと、きみもすっかり元気になっているはずだ。

5月になったら、また自転車を走らせて、一緒に海まで行こう。

6月になっても、きみが笑っていてくれるなら、梅雨の湿気さえ心地いいのだろう。

そして、夏が来る。

おれの高校最後の夏は、全部、きみのために使おうと思う。

「おれの夏、全部、翠にやるよ。だから……」

早く目を覚まして、笑った顔を見せて欲しい。

泣き崩れそうになってよろけた時、おれの背中にそっと手をかけてくれたのは、翠と瓜二つの顔をしたさえちゃんだった。

「響ちゃん、来てくれてたんだ」

「さえちゃん、ごめん」

「どうした?」