急に怖くなった。

翠ともう会えないような気がして、膝がガクガク笑った。

今のおれには、翠の笑顔が一番必要だった。

野球の神様には見捨てられ、もう何も残されていないような空っぽのおれは、あの笑顔が欲しくてたまらなかった。

手術はまだ終わってないのだろうか。

暗い病室に愕然と突っ立っていると、優しい声に呼ばれた。

おれはその声にすがるような思いで、とっさに振り向いた。

「あら? きみは……翠ちゃんの彼氏だよね」

翠を担当している、若い看護師さんだった。

中肉中背で化粧も薄めで、清潔感溢れる白衣がよく似合う清楚感漂う看護師さんだ。

「あの」

「待って! えっと、名前が……確かなつ、なつ、なつ……何だっく?」

あはは、と無邪気に笑いながら看護師さんが訊いてきた。

「ごめん、きみの名前なんだっけ?」

私、頭はそんなに悪くないんだけど、物忘れが激しくて、と看護師さんはクスクス笑いながら言った。

「夏井っす」

おれが答えると、そうそう、と言いながら看護師さんは両手を合わせた。

「夏井くんね! きみ、この病棟のナースの人気者なのよね」

「はあ」

「毎日、彼女のために朝と夜に必ず面会に来る可愛い球児が居るってね」

「はあ。そうなんすか」

おれは力の無い声で返した。

笑う余裕なんて、負け組のおれには無かった。

「あの、翠は? 部屋に居ないんすけど。手術、まだ終わってないんですか」

重く暗い病室に視線を戻しながら訊くと、看護師さんが小さな微笑みをこぼした。

「もう終わったよ」

「じゃあ、何で部屋に居ないんすか」

「容態が落ち着くまで別の部屋に居るのよ。中には入れないけど顔は見れるよ。行く?」

「はい。行くっす」

こっちよ、と言う看護師さんに案内され、着いて言った。

暗い廊下を抜けるとナースステーションがあって、その真向かいの部屋に翠は居た。

本当に、人形みたいだ。

ガラスケースに入れられた、フランス人形みたいだ。

透明な硝子越しに翠は眠っていて、モニターやら点滴やら、たくさんの機械や管に囲まれていた。