131球目に投じたスライダーは、我を忘れて背走する中堅手の頭上を遥かに越えた。

勇気は緑色の壁によじ登って追い掛けた。

でも、その打球を掴むことはできなかった。

その朱色のグローブの先端に触れさせることすら、叶わぬ夢となった。

1塁側ベンチは深い海の底に沈み込み、3塁側ベンチからは歓喜に狂った球児達が飛び出してきた。

ツーアウト、残塁者なし。

誰もが南高校の勝利を予感していたのに。

不意を突かれたホームラン。

ゲームセット。

サヨナラホームランを浴びた新人エースは、バッグスタンドに放り込まれた打球を見送り、重たいスパイスを引きずるようにマウンドを下りた。

秋桜が悔し涙を、そっと呑み込んだ。

一球入魂の秋が終わった。

もう二度と、春色の甲子園球場の土を踏み締めることはできなくなった。

南高校 3―4 東ヶ丘高校に逆転サヨナラ負け。

9回裏に待っていた逆転劇。

その嬉し涙を掴んだのは、東ヶ丘高校だった。









「夏井。最初はこんなもんだ。野球を甘くみるな」

市営球場を足早に後にし、いつもの練習グラウンドの片隅で、鬼監督が情けない背番号1を撫でた。

惨め極まりなかった。

部員達が帰って行く中、おれはこの世界に1人残されたような孤独に襲われ、動けずにいた。

みんなが帰って静まり帰った、部室。

茜色に染まりゆく、殺風景なグラウンド。

西陽に照らされた夕暮れの校舎。

ベンチの片隅に無防備に投げ出された、黒いスポーツバッグ。

その脇に転がる、薄汚れた練習球。

毎日世話になっている、汗が染み込んだブルペンのマウンド。

そこに体育座りして背中を丸める、背番号1。

1、が黄昏色に染まりながら、悔しくてたまらない、と悲鳴をあげていた。

「響也。帰ろうぜ。もうじき暗くなる」

声を押し殺し、悔しさと乱闘し、涙を流し続けるおれに声をかけたのは健吾だった。

おれは体育座りをして健吾に背を向けたまま、答えた。

「悪い。先に帰って」

「おう……じゃあ、また明日な」

健吾はそれ以上何も言わず、グラウンドを去った。