5番打者に甘めのカーブを捕らえられ、センター前に放られたものの、6、7番打者を三振に打ち取り残塁者2塁で抑えた。

二回裏、三回表、三回裏。

両者は半歩たりとも譲らず、試合はリズミカルに運ばれた。

しかし、ついに試合が動いたのは四回裏の守りの時だった。

ボールが中指から離れ、リリースされた瞬間に、まずいとおれは冷や汗を握った。

打たれるのは覚悟の上だった。

打者は東ヶ丘の2番打者で、その打球はおれの右真横をライナーで駆け抜け、三遊間を破った。

ノーアウト、ランナー1塁。

3塁側の東ヶ丘ベンチとスタンドが、歓喜にわいた。

愕然としてマウンドに立つおれに、健吾が走ってきた。

「響也! 何ショック受けてんだよ。ピッチャーは打たせてなんぼだろ」

そう言い、健吾はおれの右手のグローブの中に、そっと白球を置いた。

「初戦からノーヒットノーラン狙ってんじゃねえよ」

「違う! そんなつもりじゃねえよ」

「三振とる事ばっか考えるな。お前の後ろには堅い守備陣がいるんだぞ。1つずつ、アウトカウント増やしてこう」

「ああ、悪い」

「打たせて、捕るに限る」

おれの女房役が他の誰でもない、健吾で良かった。

本気でそう思った。

健吾はおれのことを良く分かってる。

おれは後ろに振り向き、最高の仲間に、頼む、と叫んだ。

全員がグローブを高く掲げ、笑顔でそれに答えてくれた。

野球の神様は居る。

ところが、野球の神様はそんなに優しい性格の持ち主ではなかった。

次の3番打者を三振に打ち取ったものの、ランナーは一瞬の隙を突いて2塁へ盗塁成功。

4番打者に投じた直球を左中間に持って行かれ、ワンアウト、ランナーは1、3塁。

序盤から流れは東ヶ丘にまんまと持って行かれた。

愕然とする中、ふと、おれは翠のことを考えた。

マウンドの頂上で。

翠も今頃、あの細い体で闘っているのに、おれもこんな序盤から負けてたまるか。

しかし、修司がメールで伝えてきてくれたことの本当の怖さを知るまでは、そう時間は要らなかった。