おれは迷う事なく、二つ返事で承諾した。

最初からそのつもりだったから。

春の選抜予選まで朝練は休みだし、夜は練習が終わったら自転車でぶっ飛ばして来ればいい。

きみの笑顔を覗きに。

おれは翠の鞄の中から一羽の折鶴を取り出した。

「なあ、これ、一羽だけ借りてってもいい?」

「いいけど。それ、黒魔術かかってるから気を付けな。呪われるぞ」

「いいんだ」

帰り際、おれは翠に頼んで一羽の折鶴を家に持ち帰ることにした。

翠の黒魔術がかかっているという、翠色の折鶴を。









家に帰るや否や、おれは夕飯を後回しにして部屋にこもった。

翠から借りてきた折鶴を切らさないよう、丁寧に慎重に開いた。

ボールペンを手に取り、1字1字に祈りをこめてペン先を走らせた。





翠の笑顔、翠色

8.25





付いていた折り目通りに畳み直し、その折鶴を窓辺にそっと置いた。

再び雨が優しい強さで降りだしていて、窓ガラスが湿気のせいで瑞々しい白に曇っていた。

その曇りを左手で一拭いした。

「お、月が出てる」

雨が降っているにも関わらず、月がぼんやりとした明かりを放ちながら夜空に滲んでいた。

2つの白球。

翠と写っている写真。

一羽の折鶴。

雨で滲む月明かりに照らされて、洋風な絵画のようになって見える。

もうすぐ、9月だ。

春の甲子園選抜予選が、この雨に濡れた月明かりの向こうで待っている。

おれに残されているチャンスは、あと2つ。

春、と、夏。

2イニングだけだ。

おれは水色のカーテンを勢い良くシャッと閉めて、ベッドの上に仰向けになり蛍光灯の下で左手を握った。

翠。

待っていて。

必ず、だ。

きみの笑顔をあのグラウンドへ持って行くよ。

誰もが魅力されやまない、あの、夢球場へ。

夏の夜の雨が、秋の時雨に変わり始めようとしていた。









9月も、もう残り半分になろうとしている。

道行く所々で、秋桜が満開になった。

秋桜が渇いた風を素直に受け止め、涼しげに心地よさそうに揺れている。