「あーっ、全部気に食わん! せめてPJのパジャマにして欲しい」

膨れっ面をして窓の外に視線を飛ばした後、翠は急に笑顔になり、あっと小さく声を漏らした。

もしかしたら、翠も気付いたのかもしれない。

小さく見える、おれ達が出逢った場所に。

先に口を開いたのは健吾で、その声は涙に濡れていた。

「翠! お前、すっげえ元気じゃんかよ! 心配したんだぞ」

おんおんと男泣きする健吾の声に翠はビクリと体を硬直させ、振り向いた。

化粧を落としたのだろう。

眉毛なんてまろにすらなっていなくて、大きな目もいつもより小さく見えた。

でも、間違いなく翠だった。

太陽よりも明るくて、陽射しがたっぷりの笑顔の吉田翠。

「ボンジュール! 補欠、健吾! てか、乙女の城に入る時はノックすんのが常識だろ! バカヤロー」

翠が言い、ぶんぶん豪快に右手を振ると、点滴の透明な管がぶらぶらと激しく揺れた。

鮮明な赤い血が細い管を逆流していた。

「血! 血が逆流してる」

おれが慌てて駆け寄りその手を押さえつけると、翠はいつもの調子で笑った。

「おお! 美しい赤! 逆流上等」

こんな病人、いや、こんな豪快な入院患者なんて翠の他に居るのだろうか。

「血……血……」

健吾は半分白目を剥いて、今にもひっくり返りそうになっていた。

廊下を通って行く人達を見ても、こんなに弾け飛んでいるような患者は居るはずもなく。

みんな青白い顔をして、必死に生きているように見えるのに。

「ねえねえ、補欠! このネグリジェどう? 新作なんだけど」

「は? ネグ……新作?」

「てか、こんなだっさいネグリジェ、この美しいあたしには似合わないと思わない? ねえ、補欠」

せっかくの美人が台無しだわ、なんて翠は言って、また不貞腐れた顔をした。

「ネグリジェって何だよ、ウケる」

くはは、とおれが笑うと翠はころっと態度を変えて、まんぞそうに笑みを返してきた。

その時、ふらふらした足取りで割り込んできたのは、健吾だった。