「珍しいな。お前達が揃って休ませて欲しいなんて。何かあったのか」
がらがらにしゃがれた、渋い声だ。
監督は一つ咳払いをして、回転椅子をギイと鳴らし半回転させて、自慢の髭をさすった。
おれは何かを言うことすらできなくて、説明している健吾の横で案山子のように突っ立っていた。
何年もそこから動けずにいる、ぼろぼろの案山子のように。
職員室の硝子窓に水滴になっている涙雨を見て、おれは翠の事ばかり考えていた。
「夏井、ぼうっとして大丈夫か」
監督に声をかけられてハッと我に返り、はい、とだけ返事した。
でも、正直、大丈夫とは言えない状態だった。
「大丈夫じゃないみたいだな」
監督はいつもの仏頂面を少し緩ませて、おれの左肩をそっと叩いた。
その温かさといったら、真冬に飲むホットココア以上の優しいものだった。
「今日が雨で良かったな。今日だけだぞ、夏井」
「は……」
「お前と岩渕に抜けられたら困ると言ってるんだ。今日は特別に許可する。早く行ってやりなさい」
「監督」
「大丈夫だ」
こんなことで負けるな、夏井、と監督は微笑んだ。
「えっ、は……はい」
ありがとうございます、そうお礼を言いたかったのに、言えなかった。
その言葉は涙に濡れて声にならなかった。
代わりに、健吾が言ってくれた。
この鬼監督のことだから、女にかまけて何事だ、とか、野球に専念しろ、だとか。
どやされるものだとばかり思っていたから、あまりにも不意打ちすぎておれは言葉を失った。
それからすぐ、さえちゃんと連絡を取り合った。
南高校から意外と近場にある南台大学病院へ、健吾と一緒に自転車を走らせた。
教室を飛び出した時、結衣と明里と蓮が来て、翠の鞄をおれに預けてくれた。
霧雨に打たれながら病院に到着した時は、もう午後1時をとうに過ぎていた。
「あ! こっちだよ!」
病院の正面玄関前のロータリーの隅で、さえちゃんが手を振っていた。
職場から真っ直ぐ駆け付けたのだろう。
さえちゃんは小さな建設会社の経理事務をしている。
「さえちゃん!」
がらがらにしゃがれた、渋い声だ。
監督は一つ咳払いをして、回転椅子をギイと鳴らし半回転させて、自慢の髭をさすった。
おれは何かを言うことすらできなくて、説明している健吾の横で案山子のように突っ立っていた。
何年もそこから動けずにいる、ぼろぼろの案山子のように。
職員室の硝子窓に水滴になっている涙雨を見て、おれは翠の事ばかり考えていた。
「夏井、ぼうっとして大丈夫か」
監督に声をかけられてハッと我に返り、はい、とだけ返事した。
でも、正直、大丈夫とは言えない状態だった。
「大丈夫じゃないみたいだな」
監督はいつもの仏頂面を少し緩ませて、おれの左肩をそっと叩いた。
その温かさといったら、真冬に飲むホットココア以上の優しいものだった。
「今日が雨で良かったな。今日だけだぞ、夏井」
「は……」
「お前と岩渕に抜けられたら困ると言ってるんだ。今日は特別に許可する。早く行ってやりなさい」
「監督」
「大丈夫だ」
こんなことで負けるな、夏井、と監督は微笑んだ。
「えっ、は……はい」
ありがとうございます、そうお礼を言いたかったのに、言えなかった。
その言葉は涙に濡れて声にならなかった。
代わりに、健吾が言ってくれた。
この鬼監督のことだから、女にかまけて何事だ、とか、野球に専念しろ、だとか。
どやされるものだとばかり思っていたから、あまりにも不意打ちすぎておれは言葉を失った。
それからすぐ、さえちゃんと連絡を取り合った。
南高校から意外と近場にある南台大学病院へ、健吾と一緒に自転車を走らせた。
教室を飛び出した時、結衣と明里と蓮が来て、翠の鞄をおれに預けてくれた。
霧雨に打たれながら病院に到着した時は、もう午後1時をとうに過ぎていた。
「あ! こっちだよ!」
病院の正面玄関前のロータリーの隅で、さえちゃんが手を振っていた。
職場から真っ直ぐ駆け付けたのだろう。
さえちゃんは小さな建設会社の経理事務をしている。
「さえちゃん!」