げらげら笑っていると、翠が小さく悲鳴を上げてよろめいた。

左に。

「翠!」

おれがとっさに走りだし細っこい豆もやしのような体を支えると、翠もとっさに手すりに掴まった。

「大丈夫か? お前は朝から元気過ぎるんだよ。気を付けろ」

「へいへい、すまんすまん! サンキュー」

「おお」

「ねえねえ、補欠」

「ん?」

「今日、練習何時まで?」

翠は体勢を直しながら、無邪気に笑った。

練習はあるけど、雨降りの日は比較的早く終わる。

室内練習場で軽く投球練習をして、筋トレ。

それが、雨天時の練習メニューだ。

「今日は始業式だけだし、雨だし。3時には終わると思うけど」

翠の体から手を離しながら言うと、翠は楽しそうに笑った。

「まじー? じゃあ、一緒に帰ろうよ! あたし、教室で待っててあげてもいいよ」

「ああ、いいよ。じゃあ、練習終わったら迎えに行く」

「ラリホー! やったー! じゃあ、後でね。バイナラブー」

と翠は元気に階段を駆け足で上って行ったけど、この日、その約束が交わされることはなかった。










「始業式が始まるので、体育館に移動して下さーい! 速やかにね」

朝のホームルームが終わると、教壇に立ったクラス委員長が大きな声で言った。

「響也、行こうぜ」

「おー」

ガダガタと音を立てて気だるく立ち上がり、おれはイガと一緒に体育館へ向かった。

いくら午前中とはいえ、ましてや雨降りとはいえ。

夏場の体育館は陽炎でも立ち上ぼりそうなほど、熱気と湿気に見舞われた。

雨降りだからこそ、なおさらじめじめしていた。

なめくじにでもなってしまいそうだ。

湿度120パーセント、気温32度、といったところだろうか。

暑い。

体育館はバスケットボール部やバレーボール部の練習場所になっていて、赤だの緑だの、ビニールテープが貼り巡らされている。

ワックスのきいたツルツルした、フローリング。

小高い舞台に、すすけた濃い紫色の横断幕。