その頃おれは健吾に薦められて「白い巨塔」というドラマにはまっていて、教授はツンケンしているものだと思い込んでいた。

まあ、ドラマの観すぎで影響されただけだけど。

実際は分からない。

「教授の息子ねえ。そりゃ、さぞかし秀才だろうな」

「確かに、学年のトップ10に入ってるからな、蓮は」

「天才だな」

けけっ、とおれが笑うとつられて健吾もキシキシ笑った。

そんなおれ達の背後から飛び出してきたのは、翠だった。

「チャオー! 野球馬鹿ツートップ」

翠は今日も金色の髪の毛をくるくるに巻いていて、たわわに揺らしていた。

白いワイシャツに燕脂色の蝶ネクタイ。

紺色の短いスカート。

ゴボウ足の細さを強調していたのは、学校指定の紺色のハイソックス。

ひじきのような黒睫毛に、ダークブルー色の瞳。

陶器のような雪色の肌。

「モーニン! 補欠」

「おう、おはよ」

翠はおれの背中にびったりと張り付いて、ハアハア息を切らして笑った。

「愛しの翠様のおでましよ! 喜べ、補欠」

「だから、もう補欠じゃねえの」

おれは単細胞によって造られているのかもしれない。

今までの苛立ちは一体どこへ行ってしまったのだろうか。

探しても、探しても、その姿は見つからない。

翠の笑顔があるなら何だって乗り越えて行けるような気がしてくるから、不思議だ。

おれが翠の金色頭をぐしゃぐしゃに掻き回すと、翠はキャアキャア笑って頬を赤くした。

「あたしの美しい髪に何すんだ! あら、健吾、あんたまだ居たの?」

「は? ずっと居たし」

「あら、まあ。気付かなかったわ。もう居ないと思ってた。失礼ぶっこき」

「翠……お前は結局、響也しか見えてねえんだから」

はあ、と健吾が呆れたと言わんばかりに溜息をつくと、翠は一段飛ばしで階段をかけ上りだした。

「響也。お前の苦労が見に染みるよ。うんうん。ノイローゼにならないでな」

とまるでコメンテーターのように、健吾は淡々とした口調で言った。

「馬鹿。ノイローゼなのは健吾だろ」

「ああ、そうだった! おれ、翠ノイローゼだった」