「知るか」

ぶっきらぼうに吐き捨て、教室へ向かおうと健吾と中央階段を上り始めた時、またしても蓮は金魚のフンのようについてきた。

「一昨年、相澤隼人が甲子園決めてから、この学校も野球部に期待してるからね。みんな興味津々なんだよ」

ただでさえ雨降りで湿気がうざったいというのに、蓮のおかげで100倍うざったい。

「夏井くん」

蓮はおれの大切なスポーツバッグをぐいっと引っ張り、引き止めた。

「無視するなよ、夏井くん」

「何だよ! さっきから」

「そんな邪険にしないでよ」

「うるせえな!」

おれが声を荒げると、周りに居た生徒達も振り返りざまに見てきた。

それもまた、うざったい。

蓮は意味深にフフンと笑って、それがおれのむしゃくしゃした気持ちを逆撫でした。

「本当にうざってえやつだな! 何だよ!」

「響也、やめとけ。まあまあ、落ち着きなされや、お二方」

健吾が明るく間に入った。

それをいい事に、蓮はますますおれを見下すような言いぐさをした。

上から目線の、堪忍袋の口を開くような。

「夏井くん。野球と翠だったら、どっち優先?」

「くだらね」

「あ、エースになったからには、やっぱり野球?」

「朝からケンカ売ってんのか」

おれが一段高い位置から見下ろしても、蓮の方が背が高いのが分かった。

おれの顔と蓮の顔が、だいたい同じ高さの位置にあった。

「いや、ごめん。言い方がまずかったかな」

「いい加減にしろよ、てめえ」

「ああ、怒らないでよ。じゃあ、この世が終わる時。野球の試合と翠の笑顔、どちらを取りますか?」

「いい加減にしろって言ってるだろ」

ブチッ、と頭の中で1番太い線が鈍い音を立てて、切れたような気がした。

答えられないわけじゃない。

答えなかった。

「響也」

健吾がおれの左腕をしっかり掴んでいてくれた事が、不幸中の幸いだったのかもしれない。

だから、蓮を殴らずに済んだ。

健吾に掴まれた腕が怒りに震えていた。