「うっせえ! あたしにも触らせろ! 補欠の物はあたしの物。あたしの物はあたしの物」

「はあー」

背番号を奪い合うおれと翠の上空で、夏の一番星が悲しい目をしておれ達を照らしていた。









8月25日。

家の庭に咲いていたトルコギキョウが枯れてしまった。

つい先日までは、夏の風にそよいでいたくせに。

例えば、林檎だ。

赤い林檎。

もぎたての新鮮な林檎を食べようとしていたのに、突然、来客があって放置していた隙に、茶色く色褪せてしまったように。

新鮮なトルコギキョウの花びらも萎れて枯れて、気が付けばもう手の施しようがないほどになってしまった。

花びらのショッキングピンク色の縁が、赤褐色に変わり始めていた。

大袈裟に言うと、その日は2学期の全てを握る肝心な日で、なのに、シトシトと雨降りの始業式となった。

翠は雨に濡れるのが嫌いだ。

だから、雨降りの日は決まって大きな傘をさして徒歩だったり、さえちゃんに車で送ってもらって登校する。

どうにも、湿気のせいで髪型が崩れてしまうらしいのだ。

おれは雨降りでも自転車で、生温い霧雨の中を健吾と学校へ向かった。

雨に濡れた学校に到着するや否や、正面玄関でおれを待っていたのは翠ではなくて、あの男だった。

「夏井くんだよね?」

夏休み前に翠のクラスに漢和辞典を借りに行った日、翠と親しげに話をしていた、あの蓮だった。

ああ、とおれは蓮と目を合わせようともせず、適当に答えた。

どうも好きになれない。

このチャラチャラした容姿と、人を見下すような目付きが。

上から目線の、その眼差しが、特に。

「夏井くん」

おれは蓮を無視して、下足棚へ向かった。

できることなら、いや、全くもって一切関わりたくない。

あからさまに避けているおれを分かっているのかいないのか、蓮は懲りもけずにおれのあとをついてきた。

「エースになったんだってな。おめでとう、夏井くん」

「はあ? 何でお前が知ってんだよ」

「新エースの話題で学年中持ちきりだよ。知らない?」