それでも、本間先輩はおれに駆け寄ってきて、一球のボールを手渡した。

「夏井、これ」

深紅の縫い目が一ヶ所だけほつれている、本間先輩の練習球だった。

「頼むな。来年はお前がマウンドに立って、甲子園に連れてってくれよ」

「うす」

おれは本間先輩と抱き合った。

そして、まるで翠のように豪快な泣き声をあげた。

その日からおれの部屋の窓辺には、相澤先輩からもらったボールと、本間先輩からもらったボールと、翠とのツーショット写真が並んでいる。









泥だらけの夏休みだった。

翠に会う事すらままならないほど、おれは狂ったように野球に没頭した。

9月には春の選抜県予選大会が待っている。

夏休み最終日の夕方。

練習後のグラウンドで、ついにその瞬間が訪れた。

ホームベースを取り囲むようにして部員達が半楕円形を描き、緊張の瞬間を噛み締めていた。

この瞬間のために、おれ達は夏休みの全てを野球に費やして来た、と言っても過言ではない。

夕暮れ、黄昏、蝉時雨。

茜色に染められたグラウンドの片隅で、監督がいつになく気を引き締めて話し始めた。

部員達は皆、ごくりと唾を飲み込んだ。

「春の選抜予選のナインを発表する。呼ばれた者は前に出て、マネージャーから背番号を受け取りなさい」

花菜は両手に背番号のつけられた四角い布を持ち、監督の横に立った。

シン、とした虎視眈々とした空気を押し上げて、監督がナインを呼び始めた。

「まずは3番。ファースト、遠藤淕(えんどうりく)」

「おす!」

淕は泣きそうな顔をして、でも花菜から背番号を受けとると、感極まったのかグラウンドを駆け回りだした。

「次、4番。セカンド、村上純也(むらかみじゅんや)。1年だな、頑張りなさい」

「はい! ありがとうございます! イエーイ」

純也はこの夏休みの間に急激に成長を遂げた、野球部切っての努力の賜物だ。

選ばれて当然だと思う。

誰よりも、努力した。

純也も花菜から背番号4を受けとるや否や、グラウンドを駆け回りだした。