「翠」

「何さ」

「お前、どっか行け」

ぶっきらぼうに突き放すと、急に翠の声が湿っぽくなった。

「嫌! 補欠が空に溶けたら、あたし的に困るし」

「は? 溶けねえよ。だから、どっか行けよ。一人にして」

「無理! 嫌! 何さ、ガキ。やきもち焼いてんじゃねえよ、ハゲ」

翠の声が震えていた。

ハッとした。

おれは寝返りを打ち直して、翠の方向に体を転がした。

翠は仰向けになったまま、どんぐり眼いっぱいに涙を溜め込んでいた。

今にも涙のダムが決壊してしまいそうで、おれは怖くてたまらなくなった。

翠を泣かせかてしまった。

「ごめん、翠。泣くな。ごめん、おれが悪かった」

「泣いとらんわ! あくび100連発しただけじゃ! 補欠、一緒に昼飯食おうよ。なんで……一人になろうとすんの」

あたしは泣いてない、そう言ったそばから翠は本格的に泣き出してしまった。

翠の細い体が小刻みに震えていて、怖くてたまらなくなった。

おれが翠を泣かせてしまった。

おれはいてもたってもいられなくなり、気付いた時には翠を抱き締めていた。

「もうやきもち焼いたりしねえよ。ごめん、翠」

「あたしの事、少しは信じろよ! 頭悪いな、ツルッパゲ」

「ごめん」

「あたしは常に補欠の事で頭いっぱいだ!」

翠が豪快にギャアギャア泣き声を上げると、周りに居た生徒達が何事かと目を丸くして、おれ達をじろじろ見ていた。

「ごめん、翠。泣かすつもりじゃなかった、ごめん」

おれが必死になって謝り続けていると、翠は次第に泣き止み、おれのワイシャツの裾を引っ張り出した。

嫌な予感がする。

「まっ、待て、翠! ワイシャツで鼻水かむのだけはやめてくれ」

おれは笑いながらポケットの中からティッシュを取り出して、素早く翠に手渡した。

「これでかめ」

「おう。悪いな、グラッチェ」

ビビビィーッ、と凄まじい音を立てて鼻水をかみ、翠は今までの涙なんて嘘っぱちだったかのように、けろりと笑った。

「あー! すっきりした」