「えーっ、やだあ。響也って、そんなキャラだっけ? 以外と可愛いかも」

と言い、花菜は弁当に入っていた卵焼きを頬張りながら、おれの背中を叩いて大笑いした。

笑い事じゃない。

おれにとっては、けっこう重大な一大事なのだ。

「うるせえな! お前らウザい。おれ、屋上で飯食うから」

そう怒鳴り、おれは母さんお手製の弁当を持って、教室を飛び出した。

長い廊下の隅から隅まで、食べ物の匂いが充満していた。

人気の多い中央階段をガスガス上り屋上に出ると、青い空が否応なしに広がっていた。

透明じみた、夏空。

綿菓子のような、でっかい雲。

高いフェンスの下には弁当箱を広げて団らんする生徒達が、数名ずつ幾つかの輪になって笑っていた。

おれは人目を避けるように屋上の南側の隅に移動した。

フェンス越しに、すすけた瑠璃色の海が見える。

「馬鹿だよなあ」

本当に、大馬鹿野郎だ。

翠に惚れ過ぎて、馬鹿みたいだ。

おれは弁当に手を付けることもせず、固いコンクリートの上に仰向けになって寝転んだ。

両手を大きく広げて空を仰ぐ。

たまに吹き抜けて行く西の風が、心地良かった。

「あ! 居た! 補欠、発見」

その時、屋上に駆け込んで来たのは、弁当箱を両手に抱えた翠だった。

おれは翠に背を向けるために寝返りを打って、不貞腐れてばかりいた。

「はあー、どっこらしょってか!」

と翠はばばくさい声を出して、おれの横に寝転んだ。

不貞腐れているくせに、背中越しに感じる翠の気配が無性に嬉しかった。

夏の温い風に翠の香水が溶けて、漂ってくる。

あの、アプリコットのような甘ったるい香り。

「ねえねえ、補欠。気持ちよかねー」

「あー」

低い不機嫌な声で適当に答えると、翠が小さく笑った。

「空が青いぞ! 補欠」

「ああ。溶けたいくらいだぜ」

あの濁りのない、まっさらな青に溶けてしまいたい。

いっその事、本当に溶けてしまえたらいいのに。

そうしたら、きっと、こんな訳のわからない思いをしなくて済むのだろう。

翠に不機嫌な態度をとらなくて済む。