ぎゃあぎゃあと騒いでいる翠を見つめながら、おれは鼻先でフフと笑った。

あれは活発過ぎる、を超え過ぎかもしれない。

その時、おれと健吾の怪訝な視線に気付いたのか、翠がこちらをぎろりと睨んだ。

翠の真っ黒な目とおれの目が合った。

何て強い目を、翠は持っているんだろう。

瞳孔を鋭い矢で射抜かれたような気分だった。

ぞくりとする緊張感が、おれの背中を走った。

「やべ、目が合った」

と言い、おれは瞬時に体を黒板の方へ半回転させた。

背後で大きな物音がした。

ガタン、というあの豪快な音は翠が机から飛び下りた音に違いない。

おれは背中を丸めた。

「こらあ! 補欠! 何あたしにみとれてんじゃー」

「別にみとれてねえよ」

「問答無用! 天罰」

突然、翠は猪武者のように突進して来て、おれの後頭部をバシッと叩いた。

「痛てえ! 何するんだよ」

人よりも髪の毛が極めて少ない無防備な頭にじんじんと痛みが走り、緩い波を打った。

おれの真横で、健吾が笑いを堪えているのが分かった。

女のくせに、翠は力が強い。

その華奢な体のどこに、そんな力を隠し持っているのだろうか。

馬鹿力で、手加減どころか遠慮というやつを、翠は知らない。

「真っ昼間から若い女見て、鼻の下のばしてんじゃないよ」

だらしないわね、と翠が言った。

「誰が! のばしとらんわ」

「嘘。にやけてたくせに。このスケベ球児」

だから補欠なのよ、と翠は言い、人を小馬鹿にしたようにフフンと笑った。

白いワイシャツに嚥脂色の蝶ネクタイをして、だらしなく制服を着こなしていた。

はだけた胸元には純銀色のネックレスが輝いている。

元々華奢な翠の鎖骨が、ますます華奢に見えた。

一つ深い溜息を落とし、おれはさっきよりも丸く背中を丸めた。

ダンゴムシのように。

「補欠、補欠、って言うなよ……野球のルールもろくに分からないくせに」

そう言って、おれは机の上に置かれてあるベースボールマガジンに視線を落とした。