智さんと笑いながら話していると、屋内に響いているBGMよりも大きな声で、翠が叫んだ。

「早くせんかー! 補欠のくせにー!」

翠はちょうちん袖を無理矢理肩までまくりあげ、足元は裸足だった。

レトロなデザインのパンプスは無惨にもベンチの横に、あまりにも適当に投げやられて追いやられていた。

丸みを帯びたパンプスの爪先が、右はロンドン左はパリを向いて転がっている。

たぶん、いや、絶対。

また、豪快にべんべん脱ぎ捨てたに違いない。

智さんは勇姿にあふれた翠の姿を見て、キリッとした目を丸くして笑った。

「こりゃあ、たいしたおてんばちゃんだ。夏井ちゃん、補欠って呼ばれてんだ?」

カウンターに両肘をつき、涙を溜めて智さんは笑った。

「そうなんすよ。見かけによらず天晴れな女です。おれよかだいぶ男っすよ」

「へえ。こりゃいいや。打ち終わったら、天晴れ彼女連れといで。ジュース飲ませてやるよ」

「まじっすか? ラッキー」

15ゲーム分のカードを握り締めて駆け寄ると、翠はスカートの裾を髪の毛を結ぶゴムで縛り始めた。

「やめろ! だからスカートで来るなって言ったのに」

「うっさい! あたしに任しときな」

任せておけるものか。

でも、こうなってしまうと誰も翠を止める事はできない。

「ついて来な、補欠」

翠は裸足で人工の芝生をどすどす突き進み、一番奥の打席に入った。

異様な光景だった。

人工の芝生を歩く翠の足の爪には、几帳面に色が塗られてあった。

真っ赤なペディキュアだ。

芝生の緑色には似合わな過ぎる。

思わず笑ってしまったおれの脇腹を、翠は金属バットでフルスイングした。

「ぐあっ……ばかやろ……っ」

「おーっと! すまん! 練習、練習。ギャハハハ」

翠にとっておれの脇腹は、野球のボールと同じ扱いなのだ。

バッターボックスの隅にある四角い機械にカードを差し込むと、マウンドのバッティングマシーンが動き出した。

うんうん、唸るような音が聞こえる。

「翠、マシーンは球早いから気を付けろよ」

「オッケーイ」