目的地の市営バッティングセンターで思わぬハードルを目の当たりにしてしまうなんて。

この時のおれは、まだ何も知らずにいた。

翠は自転車の後ろに乗ると、余計な話はしない。

その代わりに、いつもご機嫌な鼻歌をフンフン奏でる。

決まって、浜崎あゆみの歌だった。

日本海の水面にプリズムする太陽の光が見える松林を抜けたところに、バッティングセンターはある。

到着し、四角いドーム屋根の建物に入るや否や、翠はどんぐり眼をギラギラ輝かせた。

「女は度胸! ホームラン打ってやる」

と翠はちょうちん袖をぐいっとまくりあげ、緑色のネットが張り巡らされた室内をぐるりと見渡した。

打席は10あって、まだ午前10時前だからなのか人もまばらだ。

20代前半くらいの学生じみた男達が数名と、お父さんに連れて来てもらった小学生くらいの男の子が居た。

「翠、おれ、カード買ってくるから、好きな打席に入ってな」

「オッケー、任しとけ」

ガシャガシャ喧しいBGMが流れている屋内に、キィンキィンと金属バットの音が響いている。

ここのバッティングセンターは自宅からも近いこともあって、むしゃくしゃした日には決まって健吾と来る。

「すいませーん。5ゲーム、2枚」

カウンターへ行き10ゲーム分のカードを要求すると、いつものアルバイトの兄ちゃんが、おまけだ、ともう5ゲーム分のカードをくれた。

ちょくちょく足を運んでいるうちに、この兄ちゃんと仲良くなった。

おれや健吾がここへ来る度にこうしておまけを付けてくれる、太っ腹な人だ。

昔、高校球児だった、という今どきのサーフ系の兄ちゃんからは「夏井ちゃん」と呼ばれている。

彼の名は、智(とも)さん。

「いつもすいません。ラッキー」

とおれが頭を下げると、智さんは翠の居る方を見てにたにたと興味深そうに笑った。

「夏井ちゃん。あの白いワンピースの女の子ってさ、彼女?」

一つ呼吸を置いて、おれは笑った。

「あ、まあ……そっす」

「やるねえ!可愛いじゃないの」

「ちょっと、冷やかさないで下さいよ」