翠の家に到着したおれは、自宅を飛び出してきた翠を見るや否や、夢中になった。

何とも表現しがたい感情で、胸がいっぱいになった。

制服じゃない服を着ている翠はフランス人形のよう、ではなく、完璧なフランス人形だった。

「ヘーイ、タクシー! ナマステー」

「タクシーじゃねえっつうの。てか、ナマステーって何?」

と平然を装いながら言ったものの、実際のおれはひどく動揺していた。

「ナマステー、知らないの? インドの挨拶」

「知らね」

「ださっ」

「ださくて結構。おれは純粋な日本人だ」

なんて可愛いらしいのだろうか。

目のやり場に困る。

金色の長い髪の毛を束ね上げて、いつもの濃ゆい化粧は薄めで。

真っ白なワンピースに、レトロなデザインの黒いパンプス。

ちょうちん袖のふんわりとしたワンピースが、翠の華奢な体をさらに細く見せていた。

左耳には、お約束のシルバーピアスがじゃらじゃらと揺れていた。

「どう? 今日はちとイメチェンしてみた! 可愛いだろ」

「ああ、うん。可愛い」

くるくる、くるくる、2回転半してみせた翠は、まるでアンティークドールだ。

「……けど、お前、そんな格好でバッティングセンター行くつもり?」

怪我するぞ、とおれが眉毛を八の字にカーブさせ笑うと、翠は腰に手を当てて高飛車にフフンと仰け反った。

「余裕よ!」

「スカートで打つなんて無謀だ! 無理無理」

おれが言うと、翠は鞄をぶんぶん振り回して、おれの自転車の後ろに飛び乗った。

そして、おれの無防備極まりない坊主頭をペシッと叩いて、背中に抱きついた。

アプリコットのような甘い香りが、おれの鼻をくすぐり夢中にさせる。

「翠様に不可能という文字は存在しない! 発車オーライ」

たいしたおてんばな女を彼女にしてしまったものだ。

翠の細い腕がぎっちりと腰に絡みついて、その部分がやけにぬくぬくして温かかった。

おれは笑った。

「じゃあ行くか。落ちるなよ、翠」

「オッケー!」

翠を乗せて、タイヤが2つしかないオープンカーは春の麗らかな風を切り開き、走り出した。