おれは野球漬けの毎日で、デートなんて奇跡に近いものだ。

それでも翠はあまり文句を言わずにいてくれる。

あの我慢が大嫌いな翠が、だ。

『えー! まじ? どうしよう、超悩む』

「翠の行きたいとこ行こうな」

たまにデートしてやれる時くらい、翠が溜め込んでいるであろう我が儘を呑むのが、本当の男ってもんだ。

まあ、どうせまた、無理難題を言うのだろうけど、覚悟ならできている。

どうせ、服を見に行きたい、とか。

靴を買いに行きたい、だとか。

野球しか能のないおれには、全く興味の無いような事に決まってる。

しかし、翠は意外なところに行きたいと言い出した。

『バッティングセンター行きたい』

「は? まじで言ってる? 別におれに合わせなくていいよ」

『あたしはいつだって大真面目じゃ、バカタレが! 目ん玉引っこ抜くぞ』

「やめてよ」

『ん! むむっ! 父さん、妖気が……キタロー!』

「……また始まった」

翠と電話をした日は、笑い過ぎるから非常に疲れる。

最近の翠は何かにつけて、ゲゲゲの鬼太郎の一人芝居をしてくる。

それは第1話から第5話まであって、おれが適当に聞き流そうものなら、雷が落ちる。

練習でへとへとになっても、監督から渇を入れられて落ち込んでいても、容赦ない。

その一人芝居を真剣に聞かなければいけないのだから、たまったもんじゃない。

でも、元気になるから不思議だ。

情けない事に、おれは翠無くしては生きて行けない16歳になっていた。










翌日は朝から目が冴えるような、春色一色の晴天に見舞われた。

この日本海に面している潮の香りに包まれた小さな町並みを、桜色が否応なしに染め抜いていた。

街路樹の若葉の隙間から木漏れ日が雨のように燦々と降り注ぎ、アスファルトを細かく輝かせていた。

おれは春の空気を胸いっぱいに吸い込み、自転車を走らせた。

バッティングセンター日和だ。

4月上旬なのに、5月上旬くらいの暖かさだ。

やわらかい風が心地いい。

今日の最高気温は17度。

朝の天気予報でやっていた。