幽香の庵

「お茶を淹れるから、ちょっと待ってて」

 男性は凪さんがバックヤードに入ったあと、「どうも」とごまかすように笑う。

「……あの、私、羽根谷千秋と言います。十九歳です」

 照れ笑いをして自己紹介すると、彼も名乗り返してくれる。

「俺は壱島光輝(いちしまこうき)。二十六歳。しがないサラリーマンだよ」

 微笑んだ光輝さんを見て、私はさらに好感を高めた。

(この人が運命の人? でも、どうやって助けを求めればいいんだろう)

 いきなり「私の体を探してください」なんて言えば、ヤバイ奴認定されてしまう。

 その時、凪さんがテーブルの上にガラスのティーポットを置いた。

「お茶をどうぞ。君にはペパーミントティーね」

「あ、どうもっす」

 光輝さんは会釈をしてお礼を言い、お茶を一口飲むと不思議そうに尋ねた。

「それにしてもこの店は何なんですか? 俺、本当に居酒屋に入ったつもりなんですよ。看板も出てたし、中から人の声もしたし……」

「そういう日もあるよ!」

 凪さんは明るくお決まりの言葉を口にし、またいきなりな質問をする。

「君ってUFOを信じる?」

 光輝さんは戸惑いつつも答える。

「地球人も広義では宇宙人ですから、広大な宇宙のどこかに地球と似たように生物がいて、独自の文化を持っていてもおかしくないと思っています」

「じゃあ、心霊は?」

「二人は信じますか?」

「私は信じるよ」

 凪さんは即答し、私もぎこちなく頷く。

「……多分、見える人には見える……んだと思います」

 光輝さんは私たちの答えを聞いたあと、お茶を飲んでからボソッと言った。

「……俺、〝視える〟んですよね」

「幽霊が?」

 私が尋ねると、光輝さんは気乗りしない表情で頷いて話し始めた。

「実家が八丁堀にある橋川神社をやってるんです。俺は祖父さんに『向いてるから宮司になれ』と言われてるんですが、神職になるのに抵抗があって、会社勤めをしています」

「へー!」

 私は驚きの声を上げる。

 橋川神社と言えば都内にある割と有名な神社で、〝橋渡し〟から縁結びのイメージが強く、女性誌でも紹介されている。

「血筋……って安直に言うのは嫌なんですが、子供の頃から幽霊が視えるのが当たり前で、普通の人には視えないものだと知った時は結構なショックを受けました」

「具体的にはどういう風に見えるんですか?」

「ちょっと長い人がいるとか、首だけが浮いているとか、普通の人に見えるタイプでも、着ている服が季節に合わないとか、違和感がある」

「へぇ……」

 凪さんは質問に答えた光輝さんを見て満足げに頷き、私に向かって言う。

「彼なら千秋を助けてくれると思うよ」

 その言葉を聞いて、私は思わず期待の籠もった眼差しで光輝さんを見てしまう。

「な、なに……?」

 彼は不安そうな目で私と凪さんを見比べる。

 そりゃそうだろう。いきなり初対面の人を助けるなんて言われたら、誰だって戸惑う。

 けれどのんびりしていられない私は、自分の事情を話す事にした。

「私、とても困っているんです」

 私はそう切りだしたあと、これまでの流れを彼に説明した。

「それは……」

 すべてを聞いたあと、光輝さんは何とも言えない表情をする。

 私は「そうなるよね……」と思いつつも、パンッと両手を合わせて頭を下げた。

「お願いします! 信じてください!」