幽香の庵

「……ん……」

 目を開くと、知らない天井が目に入る。

(……頭痛い。……怠い……)

 ボーッとしていると、「目が覚めた?」と声を掛けられた。

 横を見ると、凪さんが椅子に座って私を見ている。

「……あれ……? 私、いつの間に店に……」

 体を起こそうとしたけれど、体が重たいのに気づいて「なにこれ」と顔をしかめる。

「肉体に戻れて良かったね。おめでとう」

「あ、あー……」

 納得した私は、〝こう〟なる以前の事を思いだした。

「緋一さんと神野さんは?」

「彼らは昨晩、遅くまで話し合ってたよ。晶は会社を辞めるみたい」

「……そうですか」

 凪さんは神野さんを〝晶〟って呼ぶと決めたらしい。

「今さらなんですが、凪さんが呼び捨てにする基準ってなんですか?」

「ん? そうだね。この店に入った以上、みんな〝客〟ではあるけど、実際にお守りを作るとか、店で面倒を見ると決めた相手は呼び捨てにしているね」

「なるほど」

 彼女の中で線引きがあると知り、私は頷く。

 神野さんは会社を辞めるそうだけど、納得はある。彼の行いは謝って済む事じゃないし、光輝さん、緋一さんと同じ職場にい続けるのはきついはずだ。

「晶は私がこき使っていく事にした」

「あー、……なるほど……」

 凪さんの言葉を聞き、私は深い納得を得て頷いた。

 彼女は『この店に入った時点で、何らかのお返しをもらう運命にある』と言っていた。

 神野さんは呪具で他人の運命を狂わせて命を奪い、呪いが返って廃人になりかけた。

 それを救ってもらったんだから、命より重たい借りを作ったとしてもおかしくない。

「乖離していた千秋の魂は安定したし、消耗された生命力もある程度回復したはずだ。体力は落ちているけど、食べて寝て動けば元に戻るから心配しないで」

「ありがとうございます」

 室内を見ると、テーブルの上に私のバッグが置かれてあった。

「充電切れてるかな……」

「充電器貸してあげようか?」

「はい!」

 すぐ家族に連絡したいところだけど、少しの我慢だ。

「久しぶりだろうし、お風呂に入ったら?」

「はい、そうします」

「じゃあ、私は下に行ってるね」

 凪さんが去ったあと、私は洗面所に行って鏡で自分の顔を見た。

「わぁ……、やつれてる」

 鏡の中の私はいつもより顔色が悪く、目の下にクマもある。肌は荒れて髪も脂っぽい。

「……こんな状態で光輝さんに姫抱っこされたとか……」

 溜め息をついたあと、まず歯磨きをし、それからゆっくりとお風呂に入った。

 諸々の道具はあるので使わせてもらい、着替えも用意されてあったので、ありがたく袖を通した。

 部屋に戻るとスマホの電池はある程度復活していて、私は「怒られちゃうなぁ……」と思いながら母に連絡を入れた。

【お久しぶりです。事情があって昏睡状態にありました。人に助けてもらってやっとスマホを触れるようになりました】

 するとすぐに既読がつき、【今どこにいるの!?】と尋ねられた。

【とても奇妙な出来事に巻き込まれたんだ。でも関わった人たちのお陰で元気になれた。これから帰るから、駅に着いたら連絡するね】

【どこでもいいから今いる場所を教えて! すぐ迎えに行くから!】

【大丈夫。あとで連絡するね】

 私は今いる場所を母に教えず、トークルームを閉じると、柚良にも連絡した。

【心配かけてごめんね。無事に体に戻れました。後日話をするから、今は報告まで】

 そのあと、メッセージの通知が頻繁に入ったけれど、サイレントモードにしておいた。