幽香の庵

 俯いた神野さんも、静かに涙を流している。

「君の家庭環境に同情はしない。世の中似たような家庭に育っても、まっすぐ育った人は大勢いる。他者に負けたくない、一番になりたいと望む気持ちは誰だって持つ。……でも、人を傷つけ、押しのけてまで頂点に立ちたいと思うかはまた別だ。女の子を物のように考える事もね」

「…………っ、すみません。――――すみません……っ」

 神野さんは涙を流し、何度も繰り返し謝る。

「私は大抵の事ならできるけど、死者を蘇らせる事だけはできないんだ」

 厳しく、静かに言い放った凪さんは、人ならざる雰囲気を放っている。

 けれど、その目には深い悲しみが宿っているのが分かった。

「神野くんは、何をすれば光輝やご家族に償えると思う? 『自分が呪い殺しました』と打ち明けても証拠はない。〝視える〟家系の人でも、和輝さんは自死したのが〝事実〟だと分かっている。証拠がなければ逮捕もされない。人の法の中において、君は無罪だ」

「――――……っ、それでも、――――償います……っ!」

 緋一さんは二人のやり取りを黙って聞き、視線を落としている。

 その時、光輝さんが立ちあがり、ツカツカと住居スペースを出て店のほうへ向かう。

「……っ、光輝さん!」

 私は堪らず声を上げ、彼を追おうとする。

「……千秋ちゃん、放っておいてあげて」

 緋一さんに止められたけれど、私は首を左右に振った。

「光輝さんは私の恩人です。彼が悲しんでいるのに、何もしない訳にいきません」

 潤んだ目の奥に覚悟を宿した私は、小さく会釈をしてから光輝さんを追った。





 光輝さんは店の応接セットに座り、両肘をついて祈るような格好で俯いていた。

 私は静かに隣に座り、嗚咽する彼の背中をさする。

 頼もしいと思っていた背中が、今はこんなにも小さい。しゃくりあげる声は少年のように頼りなく、啜り泣く声を聞いていると胸が締め付けられる。

「……側にいますから」

 そんな陳腐な言葉しか言えない自分が嫌になる。

 答えない光輝さんを見て、私は目を閉じると彼を抱き締めた。

 私は霊体で彼は生身。

 私の肉体はまだ眠ったままで、本当の意味で彼を抱き締める事はできない。

(でも、この店でなら触れ合えて良かった)

 そう思いながら、私はしばらく光輝さんを抱き、彼の背中に顔を押しつけていた。

 どれだけ時間が経ったか分からない頃、光輝さんは呟いた。

「……兄貴は俺を恨んだだろうか」

 本当の答えは誰にも分からない。死者の思いはもう誰にも知る事はできないから。

 でも私は前向きな返事をした。

「恨んでいないと思います。……全部推測で希望的観測です。……でも、生前の和輝さんは光輝さんの憧れで、自慢のお兄さんだった」

 私の言葉を聞き、光輝さんは小さく頷く。

「生前の彼ならこうした。こう言った。……遺された側はそう信じるしかないんです」

「…………そうだね」

 彼はゆっくり上体を起こし、私も体を離す。

 その時、黙っていたカクが口を開いた。

「しんみりしているところ悪いんだけどさ。光輝にはまだできる事があるよ」

「――――え?」

 光輝さんは声を漏らし、私も顔を上げる。