それから数日後、俺はやけにスッキリして目覚めた。
何が起こったのか分からず、自分がどうして実家で寝ていたのか分からない。
『光輝、もういいの?』
疲弊した表情の母が部屋を訪れ、顔を覗き込んでくる。
『よく分からないけど、元気だよ。…………やべっ!』
俺は充電されっぱなしのスマホを見て声を上げる。会社に連絡したものの、気がついたら一週間近く経っていて心臓が止まるかと思った。
『会社のほうはお母さんから電話をして、話せる状態ではないと伝えておいたわ。元気になったら連絡させますと言ったから、復帰できそうなら一言伝えてから出社しなさい』
『分かった』
何も覚えていなかったのは、呪いが体から離れた事によって、呪われていた事そのものを忘れてしまったからだと思う。
『ご飯食べられる?』
『ああ』
久しぶりのシャワーを浴びたあとに食卓についたけれど、家族は全員口が重たい。
『兄貴はまだ家か。兄貴がいれば全員揃ったのにな』
『……そうだね』
妹の返事がやけに暗かったのをよく覚えている。
その日、午後まで実家にいたけれど、兄貴とは顔を合わせなかった。
神職にも休みはあるので疑問に思わず、俺は家族に礼を言ってから自宅に戻った。
そのあとはもとのように忙しく働き、緋一さんを心配し、神野さんを疑って過ごした。
当時、緋一さんは神野さんに嫉妬されたあまり、生き霊によって人格を変えてしまったのだろうと思い込んでいた。
お祓いを勧めたいが、嫌われている相手にどう説明すればいいか分からない。
緋一さんは『自分はおかしくない』と思い込んでいる上に、嫌っている俺からそんな事を言われたら激怒するに決まっている。
彼をどう救うかばかり考えていた俺は、兄貴の事は失念していた。
兄貴に変わった事はなく、いつものように過ごしていると思い込んでいたからだ。
だから三週間ぶりに実家に顔を出した時、顔色を悪くした兄貴にべったりと黒いモノが憑いているのを見てギョッとした。
慌てて祖父と父に報告しても、なぜか反応が鈍くお祓いするよう頼んでも、自分の孫、息子の事なのに『どうせ駄目だ』という反応を見せている。
――このままじゃ、兄貴が死んでしまう。
一目見ただけで黒いモノのヤバさを悟った俺は、必死に祖父に頼んでお祓いをしてもらい、自分も心の中で祝詞を唱えていた。
兄貴に呪いが移ったあと、祖父や父がお祓いしなかった訳がない。
何度も何度も、自分たちの無力さを思い知るまで繰り返しお祓いをし、力尽きた時に俺が現れて『お祓いをしろ』と言った。『元凶が何を言う』という感じだろう。
お祓いの甲斐なく兄貴の呪いは進行し――、彼は取り殺される前に自ら命を絶った。
――のではないかと考えている。
もしかしたら自分の意志ではなく、操られての事かもしれない。
もう兄貴はいないから、誰にも真実は分からない。
明確に理解しているのは、――――もう、兄貴に会えない事だ。
自宅にいた時にフワッと〝橘〟が香ったのは、きっと兄貴が別れを告げにきてくれたのだと思っている。
納骨が終わったあと俺は空気を読まない事を言い、父に〝出来損ない〟と言われた。
優秀な長男を喪った父親の悲しみは計り知れないのに、都合良く兄貴に呪いをなすりつけて記憶を失った俺は、家族全員を深く傷つけたのだ。
**
「…………っ、あぁ……っ、――――あぁあ……、――――あぁああ……っ」
私たちは泣き崩れる光輝さんを、ただ見守るしかできない。
私は凪さんが光輝さんに『思い出してごらん』と言っていたのを思い出した。
――あの時にはもう、彼女はすべて分かっていたのかもしれない。
凪さんは神野さんをひたと見据えて言った。
「ヒトが人知を超えたモノに手を出すと、ろくな結果にならない」
何が起こったのか分からず、自分がどうして実家で寝ていたのか分からない。
『光輝、もういいの?』
疲弊した表情の母が部屋を訪れ、顔を覗き込んでくる。
『よく分からないけど、元気だよ。…………やべっ!』
俺は充電されっぱなしのスマホを見て声を上げる。会社に連絡したものの、気がついたら一週間近く経っていて心臓が止まるかと思った。
『会社のほうはお母さんから電話をして、話せる状態ではないと伝えておいたわ。元気になったら連絡させますと言ったから、復帰できそうなら一言伝えてから出社しなさい』
『分かった』
何も覚えていなかったのは、呪いが体から離れた事によって、呪われていた事そのものを忘れてしまったからだと思う。
『ご飯食べられる?』
『ああ』
久しぶりのシャワーを浴びたあとに食卓についたけれど、家族は全員口が重たい。
『兄貴はまだ家か。兄貴がいれば全員揃ったのにな』
『……そうだね』
妹の返事がやけに暗かったのをよく覚えている。
その日、午後まで実家にいたけれど、兄貴とは顔を合わせなかった。
神職にも休みはあるので疑問に思わず、俺は家族に礼を言ってから自宅に戻った。
そのあとはもとのように忙しく働き、緋一さんを心配し、神野さんを疑って過ごした。
当時、緋一さんは神野さんに嫉妬されたあまり、生き霊によって人格を変えてしまったのだろうと思い込んでいた。
お祓いを勧めたいが、嫌われている相手にどう説明すればいいか分からない。
緋一さんは『自分はおかしくない』と思い込んでいる上に、嫌っている俺からそんな事を言われたら激怒するに決まっている。
彼をどう救うかばかり考えていた俺は、兄貴の事は失念していた。
兄貴に変わった事はなく、いつものように過ごしていると思い込んでいたからだ。
だから三週間ぶりに実家に顔を出した時、顔色を悪くした兄貴にべったりと黒いモノが憑いているのを見てギョッとした。
慌てて祖父と父に報告しても、なぜか反応が鈍くお祓いするよう頼んでも、自分の孫、息子の事なのに『どうせ駄目だ』という反応を見せている。
――このままじゃ、兄貴が死んでしまう。
一目見ただけで黒いモノのヤバさを悟った俺は、必死に祖父に頼んでお祓いをしてもらい、自分も心の中で祝詞を唱えていた。
兄貴に呪いが移ったあと、祖父や父がお祓いしなかった訳がない。
何度も何度も、自分たちの無力さを思い知るまで繰り返しお祓いをし、力尽きた時に俺が現れて『お祓いをしろ』と言った。『元凶が何を言う』という感じだろう。
お祓いの甲斐なく兄貴の呪いは進行し――、彼は取り殺される前に自ら命を絶った。
――のではないかと考えている。
もしかしたら自分の意志ではなく、操られての事かもしれない。
もう兄貴はいないから、誰にも真実は分からない。
明確に理解しているのは、――――もう、兄貴に会えない事だ。
自宅にいた時にフワッと〝橘〟が香ったのは、きっと兄貴が別れを告げにきてくれたのだと思っている。
納骨が終わったあと俺は空気を読まない事を言い、父に〝出来損ない〟と言われた。
優秀な長男を喪った父親の悲しみは計り知れないのに、都合良く兄貴に呪いをなすりつけて記憶を失った俺は、家族全員を深く傷つけたのだ。
**
「…………っ、あぁ……っ、――――あぁあ……、――――あぁああ……っ」
私たちは泣き崩れる光輝さんを、ただ見守るしかできない。
私は凪さんが光輝さんに『思い出してごらん』と言っていたのを思い出した。
――あの時にはもう、彼女はすべて分かっていたのかもしれない。
凪さんは神野さんをひたと見据えて言った。
「ヒトが人知を超えたモノに手を出すと、ろくな結果にならない」



