(でもペンダントは三つとも使ってしまったし、どうしたものか……)
考えながら、俺はあの占い師とまた会えないか、例のバーに通うようになった。
バーのカウンターで飲んでいると、明るい声で話しかけられた。
『またお会いしましたね。その後、どうですか?』
ハッと顔を上げると、隣の席にキャップ男がいる。
『……お陰様で、いい感じだ』
『それなら何よりです。……でも、何だか浮かない顔ですね』
『ペンダントの力が効かないガキがいるんだ。そいつを何とかしてやりたい』
すると、男は興味深そうに言った。
『へぇ、アレが効かなかったんですか。相当守られている子なんですね』
『そういう事もあるのか?』
『ありますよ。万能ではないですから』
あっさりと言われ、『こいつが言うならそうなのか』と納得した。
『代わりにどうにかできないか? このままじゃ腹の虫が治まらない』
『そうですねぇ……。〝どうにか〟というのは、害したいという意味ですか?』
『害したいというか、相応の目に遭ってもらいたいだけだ』
あの女子大生の事を考えるだけでムカムカし、ペンダントが熱くなってくる。
『ふむふむ。そうですね。その子はかなりの加護があるみたいですし、一般人に対する方法では効かないと思います』
『それ以外のやり方があるのか?』
『あのペンダントはおまじないみたいなものです。もっと専門の物になると、扱いが難しくなりますよ? 使い方を間違えると神野さんにも害があるかも』
『使い方を間違わなければいいんだろ?』
言い張ると、彼は『仕方ないですね』と笑って自分の酒を飲む。
『どんな目に遭わせたいんですか? 怪我をさせたい? 不幸にしたい? 殺したい?』
最後の言葉を聞き、俺はチラッとマスターを見る。
が、彼は俺たちのやりとりなどまったく聞こえていないように、グラスを磨いていた。
『死ねばいいとは思ってないが、それぐらいの目には遭えばいいと思ってる』
『ふーん……、そうですねぇ……』
男は身を屈め、足元にあるトランクから赤い紐で結ばれた紙の箱を取りだした。
『これは人の魂を体の外に強制的に追い出す香と、香炉です。香は一度火を点ければ、この特別な香炉の中で永遠に煙を出し続けます。あっ、煙は目に見えない、匂いもしないものなので、お部屋の中が煙たくなる事はございません。魂が体の外に出たからといって、体が朽ちて死ぬわけでもありません。体の代謝は非常にゆっくりになり、仮死状態になります。……まぁ、SF風に言ったらコールドスリープみたいな感じでしょうか』
説明を聞き、俺はニタリと笑った。
(これならあのガキに死に等しい罰を与えてやれる)
『もしこのお香の使用をやめたくなったら、蓋を開けて〝もう結構です。ありがとうございます〟と言ってお酒を注いでください。それが正式なやり方です。玄人なら強制的に終わらせる事もできますが、素人さんは手順を守ってくださいね。それに、これはゴミとして捨ててはいけません。お酒とお塩、お水にご飯を供えて一日祀ったあと、誰にも踏まれない土の中に埋めてください』
『……随分面倒なんだな』
『それだけ、特別な力がある物なんですよ。神野さんが着けているペンダントは人の思いを少し強める程度ですが、人の魂を強制的に出す道具なんて普通はないでしょう?』
特別感を煽られた俺は、どんどんその気になる。
『その前に相手を気絶させなければならないでしょうから、こちらはおまけです。これはお安くしておきます』
そう言って、男は五角形に畳まれた紙をカウンターの上に滑らせた。
『薬?』
目を瞬かせて尋ねると、男は『ご名答』と明るく答える。
『痕跡が残る代物ではありません。完全に無味無臭。あとからグラスを調べても、何も残りません。酩酊した状態が続くのは三時間。……あと、せっかくお膳立てしても人に見られたら台無しですから、人から注目されなくなる道具もお譲りしましょう。これは優れた物なので、防犯カメラも騙せるんですよ』
男が次に出したのは、赤い石が嵌まった銀色の指輪だ。
『ほら、お揃い。実は僕らの会話も目の前のマスターに認識されてないんです』
そう言って、男は自分の右手に嵌まった指輪を見せる。
『〝なんとなくお客さんがいるかもしれない〟という感覚はあるんですが、この指輪をつけている限り、側にいる人ごと透明人間になれるんです。でも、悪用されては困るので、そちらは一回分です。身につけて用事が終わった頃には壊れます。宜しいですか?』
『構わない。……まとめて幾らだ? あんたに会えると思って金は用意してきている』
『じゃあ、特別価格で十八万円』
男はニコッと笑い、両手で一と八を示す。こいつと会ったら大きな買い物をすると思っていた俺は、男の前で一万円札を十八枚数えて渡した。
『また困った時、ここで会えるか?』
『どうでしょう? 僕、しばらく東京を離れる事にしたんです。商売人なので全国を転々としていましてね。また東京に戻った時はここに顔を出しますから、巡り会えたらその時は宜しくお願いします。その時まで、どうぞお元気で』
男はトランクを持ち、笑って手を振る。
他にも聞きたい事はあったが、俺はいつものように新しい道具の事ばかり考え、男の正体や普段どこに店を構えているのかなど、まったく考えなかった。
十月に入ってすぐ、会社から出ると目の前にあのガキが立っていた。
(なんで会社の場所を知ってるんだ。……友達が緋一と付き合ってるから聞いたのか)
羽根谷千秋は怒った顔で俺に近づくと、両手で拳を握ってまくし立てた。
『あなた、柚良に何をしたの? あのペンダントをしてから、柚良は変わっちゃったの! 私の親友を返してよ!』
通行人は会社の前で大声を上げる女子大生と俺を、ジロジロ見てくる。
(……まずい)
そう思うと同時に、あの香炉を使う好機だと感じた。
以前から、どうやって香炉を使うかは考えていた。光輝を同席させて薬を使ったあと、羽根谷千秋をあいつの家に連れ込んで香炉を使うのだ。
そうすれば俺は無関係で済み、すべて光輝の責任になる。
女子大生に薬を飲ませた事、香炉を使った事はペンダントで命令して忘れさせればいい。そしてマンションで工事をしていると思い込ませ、家から離れさせれば完全犯罪が成立する。
『今日はすぐ話せないから、次の週末にでも場所を変えて会えない? ご馳走するから、ちゃんと話し合おう。あのペンダントがどういう物かも説明するから。……君も学生だろうけど、社会人だから平日はきついんだ。な、頼むよ』
『……分かりました』
そして俺は彼女と、十月一週目の週末に東京駅八重洲口で待ち合わせする事にした。
**
考えながら、俺はあの占い師とまた会えないか、例のバーに通うようになった。
バーのカウンターで飲んでいると、明るい声で話しかけられた。
『またお会いしましたね。その後、どうですか?』
ハッと顔を上げると、隣の席にキャップ男がいる。
『……お陰様で、いい感じだ』
『それなら何よりです。……でも、何だか浮かない顔ですね』
『ペンダントの力が効かないガキがいるんだ。そいつを何とかしてやりたい』
すると、男は興味深そうに言った。
『へぇ、アレが効かなかったんですか。相当守られている子なんですね』
『そういう事もあるのか?』
『ありますよ。万能ではないですから』
あっさりと言われ、『こいつが言うならそうなのか』と納得した。
『代わりにどうにかできないか? このままじゃ腹の虫が治まらない』
『そうですねぇ……。〝どうにか〟というのは、害したいという意味ですか?』
『害したいというか、相応の目に遭ってもらいたいだけだ』
あの女子大生の事を考えるだけでムカムカし、ペンダントが熱くなってくる。
『ふむふむ。そうですね。その子はかなりの加護があるみたいですし、一般人に対する方法では効かないと思います』
『それ以外のやり方があるのか?』
『あのペンダントはおまじないみたいなものです。もっと専門の物になると、扱いが難しくなりますよ? 使い方を間違えると神野さんにも害があるかも』
『使い方を間違わなければいいんだろ?』
言い張ると、彼は『仕方ないですね』と笑って自分の酒を飲む。
『どんな目に遭わせたいんですか? 怪我をさせたい? 不幸にしたい? 殺したい?』
最後の言葉を聞き、俺はチラッとマスターを見る。
が、彼は俺たちのやりとりなどまったく聞こえていないように、グラスを磨いていた。
『死ねばいいとは思ってないが、それぐらいの目には遭えばいいと思ってる』
『ふーん……、そうですねぇ……』
男は身を屈め、足元にあるトランクから赤い紐で結ばれた紙の箱を取りだした。
『これは人の魂を体の外に強制的に追い出す香と、香炉です。香は一度火を点ければ、この特別な香炉の中で永遠に煙を出し続けます。あっ、煙は目に見えない、匂いもしないものなので、お部屋の中が煙たくなる事はございません。魂が体の外に出たからといって、体が朽ちて死ぬわけでもありません。体の代謝は非常にゆっくりになり、仮死状態になります。……まぁ、SF風に言ったらコールドスリープみたいな感じでしょうか』
説明を聞き、俺はニタリと笑った。
(これならあのガキに死に等しい罰を与えてやれる)
『もしこのお香の使用をやめたくなったら、蓋を開けて〝もう結構です。ありがとうございます〟と言ってお酒を注いでください。それが正式なやり方です。玄人なら強制的に終わらせる事もできますが、素人さんは手順を守ってくださいね。それに、これはゴミとして捨ててはいけません。お酒とお塩、お水にご飯を供えて一日祀ったあと、誰にも踏まれない土の中に埋めてください』
『……随分面倒なんだな』
『それだけ、特別な力がある物なんですよ。神野さんが着けているペンダントは人の思いを少し強める程度ですが、人の魂を強制的に出す道具なんて普通はないでしょう?』
特別感を煽られた俺は、どんどんその気になる。
『その前に相手を気絶させなければならないでしょうから、こちらはおまけです。これはお安くしておきます』
そう言って、男は五角形に畳まれた紙をカウンターの上に滑らせた。
『薬?』
目を瞬かせて尋ねると、男は『ご名答』と明るく答える。
『痕跡が残る代物ではありません。完全に無味無臭。あとからグラスを調べても、何も残りません。酩酊した状態が続くのは三時間。……あと、せっかくお膳立てしても人に見られたら台無しですから、人から注目されなくなる道具もお譲りしましょう。これは優れた物なので、防犯カメラも騙せるんですよ』
男が次に出したのは、赤い石が嵌まった銀色の指輪だ。
『ほら、お揃い。実は僕らの会話も目の前のマスターに認識されてないんです』
そう言って、男は自分の右手に嵌まった指輪を見せる。
『〝なんとなくお客さんがいるかもしれない〟という感覚はあるんですが、この指輪をつけている限り、側にいる人ごと透明人間になれるんです。でも、悪用されては困るので、そちらは一回分です。身につけて用事が終わった頃には壊れます。宜しいですか?』
『構わない。……まとめて幾らだ? あんたに会えると思って金は用意してきている』
『じゃあ、特別価格で十八万円』
男はニコッと笑い、両手で一と八を示す。こいつと会ったら大きな買い物をすると思っていた俺は、男の前で一万円札を十八枚数えて渡した。
『また困った時、ここで会えるか?』
『どうでしょう? 僕、しばらく東京を離れる事にしたんです。商売人なので全国を転々としていましてね。また東京に戻った時はここに顔を出しますから、巡り会えたらその時は宜しくお願いします。その時まで、どうぞお元気で』
男はトランクを持ち、笑って手を振る。
他にも聞きたい事はあったが、俺はいつものように新しい道具の事ばかり考え、男の正体や普段どこに店を構えているのかなど、まったく考えなかった。
十月に入ってすぐ、会社から出ると目の前にあのガキが立っていた。
(なんで会社の場所を知ってるんだ。……友達が緋一と付き合ってるから聞いたのか)
羽根谷千秋は怒った顔で俺に近づくと、両手で拳を握ってまくし立てた。
『あなた、柚良に何をしたの? あのペンダントをしてから、柚良は変わっちゃったの! 私の親友を返してよ!』
通行人は会社の前で大声を上げる女子大生と俺を、ジロジロ見てくる。
(……まずい)
そう思うと同時に、あの香炉を使う好機だと感じた。
以前から、どうやって香炉を使うかは考えていた。光輝を同席させて薬を使ったあと、羽根谷千秋をあいつの家に連れ込んで香炉を使うのだ。
そうすれば俺は無関係で済み、すべて光輝の責任になる。
女子大生に薬を飲ませた事、香炉を使った事はペンダントで命令して忘れさせればいい。そしてマンションで工事をしていると思い込ませ、家から離れさせれば完全犯罪が成立する。
『今日はすぐ話せないから、次の週末にでも場所を変えて会えない? ご馳走するから、ちゃんと話し合おう。あのペンダントがどういう物かも説明するから。……君も学生だろうけど、社会人だから平日はきついんだ。な、頼むよ』
『……分かりました』
そして俺は彼女と、十月一週目の週末に東京駅八重洲口で待ち合わせする事にした。
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