幽香の庵

 俺、神野晶は抑圧された少年時代を送ってきた。

 父は大手企業の役員で、俺は経済的な不自由をせず育ってきた。

 だが母は俺を産んだあとに体調を崩し、二人目を出産できない体になってしまった。

 一人息子として期待された俺は、勉強もスポーツも何でも一番になるよう言われ、邁進してきた。しかしどれだけ頑張っても父は褒めてくれず、仕事から帰ったあとは不機嫌そうに酒を飲み、少しでも気に障る事があると母を叱責し、暴力をふるっていた。

 父は男尊女卑を体現したような人で、母はいつも俯いて暗い表情をし、何を言われてもされても、ただ黙って耐えていた。両親は見合い結婚したそうだが、専業主婦の母は離婚したくても今さら働く術が分からず、別れられずにいるんだろう。母は父につらく当たられている分、いっそう俺に愛情を注ぎ、自分に依存させる事で心の均衡を図っているようだった。そんな俺は何においても一番でなければ気が済まない性分の子供になり、テストやスポーツで自分より優れた結果を出したクラスメイトがいると、取り巻きを使っていやがらせをするようになった。

『生意気だから少し懲らしめてやろう』という感覚で始め、そのクラスメイトが『ごめんなさい。もう神野くんには逆らいません』と泣いて謝ったら許してやる気持ちでいた。

 勿論子供なので、自分が家庭環境のストレスから歪んだ性格になってしまったとは自覚していない。

 ――俺は正しい。

 ――俺は間違えていない。

 その一心で大学生に進学し、有名大学でサークル活動をして青春を謳歌し、仲間と女子生徒の批評をして笑い、酒を飲んで適当に女と付き合った。

 そんな俺を『晶はちょっと傲慢だと思う』と非難した女は切り捨て、従順で自分の言う事を聞く年下の可愛い女だけを求め続けてきた。

 父の浮気が発覚したのは俺が高校生の時で、家庭は険悪な空気になったが、気の弱い母は離婚を切り出せず、夫を責める事もできず、ただ目を逸らして〝そんな事実はない〟と思い込むようにした。

 父は変わらず働いて若い女と浮気をし、月の半分は別宅で過ごしていた。

 大学生になった俺も一人暮らしをしていたから、一人で過ごす母は孤独だっただろう。

 本当は母の味方になるべきだと心の中では分かっていた。

 だが俺は子供の頃から暴力を振るわれる母を見て『可哀想』とは思ったものの、割って入って母の味方にはならず、父に刃向かいもしなかった。母が俺と父のために犠牲になっていると思ったら、自分の幸せはまがい物になってしまう。

 だから『女はそういうものだ』と自分に言い聞かせてきたのだ。

 社会人になった俺は実家に戻らなくなり、仕送りの食品はありがたく食べたものの、手編みのセーターは恥ずかしくて着られず、丸めてクローゼットの奥に押し込んでいた。

 俺の健康を案じる手紙もサッと読んで捨て、父のように精力的に働いて会社の先輩と飲みに行く生活に嵌まっていた。

 働けば働くほど結果を出せ、学生時代と同じように〝一番〟でいられる。

〝一番〟でいる限り、俺は父に認められるし母に誇ってもらえる。

 そう感じていたから、母が自殺したあとも『天国で俺を見守ってくれているはず』と信じて父を責めなかった。母が亡くなったあとは『実家に帰っても母はいないのか』とぼんやり思う程度で、深く悲しみはしなかった。

 しかし父の愛人は母の死が気まずかったらしく、年相応の相手を見つけて『結婚する』と言い、父を捨てた。

 父はこれまで、どんな振る舞いをしても受け止める母がいたから、自由に生きてこられたのだと思う。母も愛人も失った父は、誰も掃除をしない家でゴミに囲まれて過ごし、コンビニ弁当や外食ばかりで過ごし、酒を浴びるように飲んで体調を崩した。

 俺は見舞いに行く傍ら、ゴミ屋敷と化した家を少しずつ片づけていた。『なんで俺がこんな事を……』と思ったが、いつも母は俺の部屋も含めて家中を綺麗に掃除していた。

 母をないがしろにした俺と父は、今、自分の行いのしっぺ返しを食らっているのだ。

 入院した父は一気に覇気がなくなり、痩せた上に思考がハッキリせず、俺が話しかけても曖昧な返事しかしなくなった。

 その頃から徐々に、俺はおかしくなっていったのだと思う。