幽香の庵

 私たちの視線の先には、ベッドの上に寝かされた〝私〟の姿があった。

『灯台下暗し』とはよく言ったものだ。

 凪さんが言ったように、光輝さんはあらゆる意味で私の〝運命の人〟だったのだ――。





 私たちはしばらく黙って〝私〟を見ていた。

〝私〟はベッドの上で仰向けになっているけれど、その顔色は青ざめていて、死んでいるように見える。

「……生きてますか?」

 光輝さんに尋ねると、呆然とした彼は震える手を伸ばし、私の呼吸を確認する。

「……呼吸は……、…………してる…………」

「良かったです。死んでないならそれで良かった」

 何度も頷いて言ったけれど、光輝さんは魂が抜けたような顔で〝私〟を見つめている。

「……これが呪具と思って良さそうだな」

 緋一さんはベッドサイドに置かれている香炉を指さす。

 そこからは目に見えない煙がくゆっているらしく、光輝さんが言っていた甘ったるい香りの元なんだろう。

「…………どうして…………」

 両手をきつく握った光輝さんは、俯いたまま小さくうめく。

 その頬には涙が筋を作っていた。

「……どうして……っ、……俺……っ、千秋ちゃんに恨みなんてまったくない……っ! 君に会ったのだって、凪さんの店が初めてで、こんな事をする動機はないっ!」

 彼の頬を流れた涙が顎に至り、透明な雫が落ちていく。

 私は初めて光輝さんと会った時、どこかで会ったような……と感じた理由を理解した。

 きっと私はこうなってしまう前、光輝さんに会っていたんだろう。

「分かってますよ。〝何か〟があって光輝さんはこう〝させられて〟しまったんだと思います。操られたかもしれないし、脅されたかもしれない。大丈夫。短い付き合いだけど、私はあなたを信じています」

 彼が背中を丸めて泣いている姿を見ると、胸が締め付けられる。涙を流した私は、眠っている〝私〟から視線を遮るように光輝さんの前に立った。

「本人が『大丈夫』って言ってるんですから、大丈夫なんですよ!」

 努めて明るく笑った私は、光輝さんに抱きつき、思いきり抱き締めた。

「ちあ……っ、――――き、…………ちゃ……っ」

 自らのしでかした罪に絶望して泣く光輝さんは、実体のない私を抱き締め返す。

 決して触れ合えない私たちは、心だけを通わせ、異なる世界に在る体をかき抱いた。