ドキドキしていると、カーテンをくぐってトレーを手にした凪さんが現れた。
「はいどーぞ」
いつものようにガラスのポットに入ったハーブティーを人数分出されたけれど、私たちは手を出せずにいる。
「冗談だって。……まぁ、確かに意味もなくお茶を出していないけど」
「どっ、どういう意味があるんですか?」
光輝さんが冷や汗を浮かべて尋ねると、彼女は緋一さんの隣の席に座り、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて言った。
「表向きはお客さんにリラックスしてもらうために、それぞれの症状に合わせたハーブティーを出してる。商品を売るには、カウンセリングをしなきゃいけないからね。そのために心を落ち着かせる必要があるんだ」
「……もう一つの理由は?」
緋一さんがゴクリと唾を嚥下して尋ねる。
すると彼女はニカッと笑って答えた。
「二重の世界って意志の力がものを言う。最初、私は千秋に『長く二重(ここ)にいすぎると、人としての意識が薄れてしまう』と言った。『自分は羽根谷千秋で、肉体に戻るために活動している』という明確な意志を持ってもらわなきゃ、千秋の意識は希薄になって体に戻るどころじゃなくなる。飲み食いしなくてもいい体になってるからといって、無刺激に慣れれば意識が鈍くなる。だから気をしっかり保つために飲食してもらってる……、と言っていい」
「そうなんですね」
私は安心し、溜め息をつく。
「加えて緋一みたいに霊感のない人なら、お茶を飲まずに外に出て三歩も歩けば、私や店の事は忘れてしまう。……夢でたとえるなら、夢の世界と同じ要素を体内に取り込む事によって、現世で活動しても夢を忘れずに済んでいる……という事」
「なるほど!」
夢のたとえが分かりやすかったのか、光輝さんは手をポンと打って頷いた。
「光輝は霊感のある人だから、外に出ても店を忘れないだろうけど、やっぱり現実世界で過ごすとそちらのほうが鮮烈だから記憶が曖昧になる。『あの店は本当に存在したんだろうか? 白昼夢でも見てたんじゃ……』って。そうしたら千秋の事も忘れてしまう。……だから、さっき言ったのと同じ理由でお茶を飲んでもらってる」
彼女は自分の分のお茶をティーカップに注ぎ、一口飲んでから言った。
「お茶だから普通に消化されるし、効能は一定期間効くけど体に害はないよ。緋一の場合、今回の事件が片付いたら、私や店の事を忘れると思う」
そう言われ、緋一さんは寂しそうな顔をした。
「また店に来て、ゆっくりお話したいと言ったら駄目ですか? 凪さんは普通の人が知らない事を沢山知ってそうで、話をしたら面白そうだと思ったんですが……」
緋一さんはオカルト好きなのも相まって、彼女に興味があるようだ。
「まぁ、嫌じゃないけどね。暇な時なら構わないよ。アカウント教えるかい?」
彼女はそう言ってスマホを出し、メッセージアプリのIDを教える。
「ずるい! 私も仲間に入れて!」
悔しがると、凪さんは私を見てニヤリと笑った。
「千秋はまず、体に戻ってからだね」
「くぅ~っ! 絶対戻ってやる!」
「あはは、頑張って。……さて、目的は聞いてるから、さっさとお守りを作っちゃおうか。緋一は何月生まれの何座?」
凪さんに尋ねられ、ハーブティーを飲んでいた緋一さんはハッとして答える。
「十一月十四日生まれの蠍座です」
「じゃあ、ホワイトトパーズにしておこうか」
凪さんは立ちあがり、例の小さな宝石が入っている箱の所へ行く。
(そういえば、私たち無料でお守りを作ってもらってるよな……。いいのかな)
心配になった私は、確認した。
「凪さんの作るお守りって、本物の宝石ですか?」
「そうだよ」
「そんなに大盤振る舞いして、赤字になりませんか?」
「私にとって現世のお金は大した意味をもたないからねぇ。……でも、対価を求めていない訳じゃないよ。君たちと縁が繋がった事で、私に利益があると思っているし」
「でも私はただの学生で、得になる事を提供できません」
すると石を選んだ彼女はデスクに戻り、眼鏡を掛けて言った。
「前にも言ったけど、千秋を実験台にさせてもらうって言ったでしょ。残りの二人も、使いっ走りとか、君らのツテを利用させてもらうとか、何かしらの得はあるんだ」
「けど、得になるかどうか、今はまだ未確定ですよね?」
光輝さんが言うと、凪さんはこちらをチラッと見て笑った。
「この店は〝客〟しか入れない。逆を言えばこの店に入った段階で、君らは将来なんらかの形で私に恩を返す事になっている」
「俺はできる事なら構いません」
緋一さんはサラッと言う。やっぱりこの人大物だ。
「心配しなくても、お守りの対価以上のものは求めないよ」
凪さんは会話をしながら工具を使ってペンダントを作り、最後にその強度を確かめてから「はい」と緋一さんに渡した。
「あとね、宝石について心配してくれてるみたいだけど、これぐらいのちっちゃいルースの値段ってピンキリなんだ。現世で売買されている宝石はいかに傷がなく、綺麗かで価値がつくけど、私は石が持つ性質さえあれば十分。私の作るお守りは、石がメインじゃなくて、それに込める私の力がメインだから」
私はずっと抱いていた、素朴な疑問をぶつけた。
「結局、凪さんって何なんですか? 生きてる? 死んでる?」
すると彼女は私を見て笑みを深める。
「はいどーぞ」
いつものようにガラスのポットに入ったハーブティーを人数分出されたけれど、私たちは手を出せずにいる。
「冗談だって。……まぁ、確かに意味もなくお茶を出していないけど」
「どっ、どういう意味があるんですか?」
光輝さんが冷や汗を浮かべて尋ねると、彼女は緋一さんの隣の席に座り、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて言った。
「表向きはお客さんにリラックスしてもらうために、それぞれの症状に合わせたハーブティーを出してる。商品を売るには、カウンセリングをしなきゃいけないからね。そのために心を落ち着かせる必要があるんだ」
「……もう一つの理由は?」
緋一さんがゴクリと唾を嚥下して尋ねる。
すると彼女はニカッと笑って答えた。
「二重の世界って意志の力がものを言う。最初、私は千秋に『長く二重(ここ)にいすぎると、人としての意識が薄れてしまう』と言った。『自分は羽根谷千秋で、肉体に戻るために活動している』という明確な意志を持ってもらわなきゃ、千秋の意識は希薄になって体に戻るどころじゃなくなる。飲み食いしなくてもいい体になってるからといって、無刺激に慣れれば意識が鈍くなる。だから気をしっかり保つために飲食してもらってる……、と言っていい」
「そうなんですね」
私は安心し、溜め息をつく。
「加えて緋一みたいに霊感のない人なら、お茶を飲まずに外に出て三歩も歩けば、私や店の事は忘れてしまう。……夢でたとえるなら、夢の世界と同じ要素を体内に取り込む事によって、現世で活動しても夢を忘れずに済んでいる……という事」
「なるほど!」
夢のたとえが分かりやすかったのか、光輝さんは手をポンと打って頷いた。
「光輝は霊感のある人だから、外に出ても店を忘れないだろうけど、やっぱり現実世界で過ごすとそちらのほうが鮮烈だから記憶が曖昧になる。『あの店は本当に存在したんだろうか? 白昼夢でも見てたんじゃ……』って。そうしたら千秋の事も忘れてしまう。……だから、さっき言ったのと同じ理由でお茶を飲んでもらってる」
彼女は自分の分のお茶をティーカップに注ぎ、一口飲んでから言った。
「お茶だから普通に消化されるし、効能は一定期間効くけど体に害はないよ。緋一の場合、今回の事件が片付いたら、私や店の事を忘れると思う」
そう言われ、緋一さんは寂しそうな顔をした。
「また店に来て、ゆっくりお話したいと言ったら駄目ですか? 凪さんは普通の人が知らない事を沢山知ってそうで、話をしたら面白そうだと思ったんですが……」
緋一さんはオカルト好きなのも相まって、彼女に興味があるようだ。
「まぁ、嫌じゃないけどね。暇な時なら構わないよ。アカウント教えるかい?」
彼女はそう言ってスマホを出し、メッセージアプリのIDを教える。
「ずるい! 私も仲間に入れて!」
悔しがると、凪さんは私を見てニヤリと笑った。
「千秋はまず、体に戻ってからだね」
「くぅ~っ! 絶対戻ってやる!」
「あはは、頑張って。……さて、目的は聞いてるから、さっさとお守りを作っちゃおうか。緋一は何月生まれの何座?」
凪さんに尋ねられ、ハーブティーを飲んでいた緋一さんはハッとして答える。
「十一月十四日生まれの蠍座です」
「じゃあ、ホワイトトパーズにしておこうか」
凪さんは立ちあがり、例の小さな宝石が入っている箱の所へ行く。
(そういえば、私たち無料でお守りを作ってもらってるよな……。いいのかな)
心配になった私は、確認した。
「凪さんの作るお守りって、本物の宝石ですか?」
「そうだよ」
「そんなに大盤振る舞いして、赤字になりませんか?」
「私にとって現世のお金は大した意味をもたないからねぇ。……でも、対価を求めていない訳じゃないよ。君たちと縁が繋がった事で、私に利益があると思っているし」
「でも私はただの学生で、得になる事を提供できません」
すると石を選んだ彼女はデスクに戻り、眼鏡を掛けて言った。
「前にも言ったけど、千秋を実験台にさせてもらうって言ったでしょ。残りの二人も、使いっ走りとか、君らのツテを利用させてもらうとか、何かしらの得はあるんだ」
「けど、得になるかどうか、今はまだ未確定ですよね?」
光輝さんが言うと、凪さんはこちらをチラッと見て笑った。
「この店は〝客〟しか入れない。逆を言えばこの店に入った段階で、君らは将来なんらかの形で私に恩を返す事になっている」
「俺はできる事なら構いません」
緋一さんはサラッと言う。やっぱりこの人大物だ。
「心配しなくても、お守りの対価以上のものは求めないよ」
凪さんは会話をしながら工具を使ってペンダントを作り、最後にその強度を確かめてから「はい」と緋一さんに渡した。
「あとね、宝石について心配してくれてるみたいだけど、これぐらいのちっちゃいルースの値段ってピンキリなんだ。現世で売買されている宝石はいかに傷がなく、綺麗かで価値がつくけど、私は石が持つ性質さえあれば十分。私の作るお守りは、石がメインじゃなくて、それに込める私の力がメインだから」
私はずっと抱いていた、素朴な疑問をぶつけた。
「結局、凪さんって何なんですか? 生きてる? 死んでる?」
すると彼女は私を見て笑みを深める。



