幽香の庵

《このまま神野の所に突入してもいいけど、そのペンダントも、千秋の魂を縛っている道具も普通の人間には手に負えない呪具だ。ペンダント一つで意のままになっていたなら、突撃しても一網打尽になる可能性があるよ》

「じゃあ……、どうすればいいの?」

 私はカクに尋ねる。

《とりあえず、光輝は呪具に抵抗できるでしょ。霊体の千秋は……、それ以上状況が悪くなりようがないから大丈夫かな。……いや、相手が悪霊をぶつけてきたら一発か》

「ちょっと! 真剣に考えて!」

 私はカクにビシッと突っ込みを入れる。

《まぁ、いざとなったら僕が守ってあげる》

「私、神降ろしできるの!?」

 目を輝かせて期待すると、《できるわけないでしょ。千秋ができるのは大根おろしぐらいだよ》とすげなく言われた。チクショウ。

「でも現実的に考えて、この人数で行ったら警戒されない? 二人ぐらいは警察に通報する準備をするとか?」

《『呪具を使って人を呪ってました。捕まえてください』って?》

 カクに意地悪く言われ、私は唇をひん曲げる。

《必要なのは、神野をとっ捕まえて千秋と関わりがあるか吐かせる事。多分、奴の家にも何らかの呪具があると思うから、耐性のある人が向かったほうがいいと思うけどね》

 私はカクの言葉を聞き、腕組みをしてしばし考える。

「凪さんにお守りを作ってもらう事は可能かな? なら緋一さんに同行してもらって、女性二人は待機のほうがいいと思うけど」

《凪が『今日中に片づけたいなら、店に入れるようにしておくから早めにおいで』だって。あと、『ペンダントを処分するから、何かに包んで持っておいで』って》

「分かった」

 カクが消えたあと、光輝さんは今までのやり取りを三人に伝えた。

「じゃあ、俺は光輝と一緒に凪さんという人の店に行く。……女性陣は待っていてくれるか?」

 二人の了承を得たあと、私たちは全員で彼の家を出た。





 目黒駅から新宿駅までは、山手線で十分少しだ。

 沙織さんと柚良とは一旦駅でと別れる事にする。その時点で時刻は十五時過ぎになっていた。

 別れ際、緋一さんは沙織さんに言う。

「助けてくれてありがとう。今はバタバタしてるけど、また改めてお礼を言いたい。……それに、他にも言うべき事があるし」

「……ん、分かった」

 そのあと二人は改札を通ってホームに向かい、私も彼らと一緒に電車に乗り込んだ。

 電車が動き出したあと、緋一さんは改めて謝った。

「悪かったな」

「いえ……」

 光輝さんは静かに首を横に振る。

「……俺、光輝に酷い事を言った自覚はあったんだ。普段はそんな事まったく思っていなかったのに、口から勝手に言葉が出る。……タチの悪い事に、お前を悪く言っていると、本当に鬱陶しく感じているように思えた。……酷い体験だった」

 彼は溜め息をつき、後悔の宿った目をする。

「どうしてこうなったのか分からない。神野さんがペンダント越しに呪いを掛けた? ……にしても、光輝も含め、みんなに嫌な思いをさせたのは俺だ。……週明け、しっかり謝るよ。その前に、光輝にも改めて許しを乞いたい。本当に申し訳なかった」

 緋一さんは電車の中だというのに、構わず頭を下げる。

 光輝さんは人の目を気にし、「やめてくださいよ」と彼の肩をポンポン叩く。

「緋一さんは俺の恩人です。俺には色んな事情があって、周りから色眼鏡で見られていたけど、あなただけは一人の後輩として接してくれた。……こう言ったら笑われるかもしれませんが、俺は緋一さんの事をもう一人の兄貴のように思っているんです」

「それは光栄だな」

 彼は優しく微笑む。

「だから、あなたに何を言われても『これは本当の緋一さんじゃない』と思えました。さっき言ったように、緋一さんからは憑かれている気配を感じたので尚更です。でも今までの俺じゃ祓い方が分からなかったから、どうにもできなかった」

「光輝は自分の家や、霊感がある事に負い目を感じているようだけど、俺はお前に助けられたんだから、もっと胸を張っていいと思う」

「そう言ってもらえて、少し救われた気がします」

 緋一さんは微笑んだあと、興味深そうに話題を変えた。

「ところで、千秋ちゃんってどんな子? 今もここにいるの?」

 言われて、光輝さんはチラッと私を見てから頷く。

「凪さんの店に入ったら彼女の姿が見えると思います」

「ああ、二重という世界に属しているからか。面白いね」

 一般人から見ればトンデモな話なのに、緋一さんはあっさり受け入れている。

 こうやって柔軟な思考を持つ彼は、大物かもしれない。沙織さんとも少し似ている。

「光輝にとって、千秋ちゃんって大切な子?」

 やにわに緋一さんがそんな質問をし、私も光輝さんも噴き出しかけた。

 私たちはチラッと視線を交わし、決まり悪く視線を逸らす。

 光輝さんは小さく息を吐き、慎重に言葉を選んで答えた。