幽香の庵

「光輝は三十歳になったら真剣に神職と向き合うだろう。橋川神社は僕の主人――、大国主命を祀ってる。だから僕は光輝に協力したいし、なんならファミリー的に思ってる。僕は光輝がいつか神職に就く時、心から神様に仕えてほしいと願ってる。……それに今後、僕や凪に関わった事で、普通に〝視える〟以上の出来事が起こるだろう。体に何度も神様が降りる事によって、体に害はなくとも魂に神気が宿っていく。それにより、一般人として過ごす事は難しくなっていくと思う。死者が視えるだけじゃなく、精霊的なもの、人と神の中間にいる者にも注目されるようになる。……それでもいい?」

 とんでもない事を言われたけれど、光輝さんはもう退かないと決めたみたいだ。

「構わない。カク、力を貸してほしい」

「OK!」

 光輝さんの声に応え、カクはニカッと笑う。

 多分、人間だったらとてもいい笑顔なんだろうけど、鹿頭なのが格好つかない。

「じゃあ光輝さんが緋一さんと柚良を祓ったら片付くんですか? ……あっ! 私の体が行方不明なままだ!」

 すると凪さんは私に顔を近づけてスンッと匂いを嗅ぐ。

「まだ大丈夫……と言えるね。でも早い所、肉体に戻ったほうがいいのは確かだ」

 その時、光輝さんが尋ねた。

「ずっと思っていたんですが、千秋ちゃんは仮死状態にあるんでしょうか?」

 沙織さんは私を見て心配そうな表情をし、顎に手をやって言う。

「仮死状態と言ったら、低体温症とか血圧が低いとか、極度の飢餓状態にあるとかが考えられるけど、そんな状態でもギリギリ意識はあるわよね? なのに千秋ちゃんはずっと目覚めずに霊体のままなの?」

 助けを求めるように凪さんを見ると、彼女はなんとも言いがたい表情を浮かべて言う。

「……光輝、千秋はどんな匂いがする?」

「え? えっと……。……千秋ちゃん、失礼」

 凪さんに尋ねられた彼は私に顔を寄せてスッと匂いを嗅ぎ、複雑な表情になると、言いにくそうに答える。

「綺麗で清涼な匂いがするのと同時に、まったく性質の違う、ねっとりと甘いお香みたいな匂いがします」

「えっ!?」

 私は真顔で声を漏らし、自分の腕や肩に顔を近づけ、スンスンと嗅ぐ。

「無駄だよ、千秋。霊体になると自分の香りは分からない」

「くっ、臭いですか!?」

 私はクワッと目を見開き、羞恥で泣きそうになりながら光輝さんに尋ねた。

「く、臭くないよ。大丈夫! ……まぁ、でもお香みたいな匂いっていうか……」

 光輝さんは私の勢いに押されつつも、正直に答える。

「千秋の魂はその甘い匂いを発する物によって、強制的に体の外に出されているんだ」

 私は目を丸くして声を上げる。

「それって人為的じゃないですか! そんな事、できるんですか!?」

「まぁねぇ……。他にもうちみたいな店があるんだけど、いわゆる呪物とか、人の領域を超えた力を持つ道具とか、色々あるんだ。どこからか流れて人の手に渡ったか、誰かが二重にある〝店〟で買ったか……。出所は分からないけど、そういう物を使ったら、普通ならできない事も可能になる」

「うわぁ……。私、いつの間に恨みを買ったんだろう」

 私は両手で頭を抱えて絶望する。

「犯人って分かりますか?」

 沙織さんが尋ねると、凪さんはいつものように意味ありげな表情を浮かべて笑う。

「順番に事を片づけていったら、やがて行き着くと思うよ。曖昧な言い方をして悪いね。ただ、私は一定以上の干渉はできない。……人の間で起こった出来事は、人の手によって片づけるんだ。私には運命の糸が絡まっているのが見えるから、『次はこっちをほぐすといいよ』と指示できるけど、直接手を貸す事はできないんだ。……遠回しなやり方で申し訳ないが、理解してほしい」

 申し訳なさそうに言った凪さんを見て「らしくない」と感じた私は、グッと拳を握るとニカッと笑った。

「大丈夫ですよ! きっと解決してみせます! 光輝さんが!」

「俺かよ」

 彼は思わず私に突っ込みを入れ、そのあと全員でドッと笑う。

「……じゃあ、まだ明るいし今日のうちに緋一さんと柚良ちゃんに会いに行きたいです」

 光輝さんが言い、私と沙織さんはコクンと頷く。

「君らの事は、カクの目を通じて見守ってるよ」

 私は凪さんの言葉を聞いてシンプルに疑問に思い、尋ねる。

「カクと光輝さんの目がリンクしているのは分かりましたけど、凪さんとカクはどうやって情報を共有しているんですか?」

 すると、カクが明るく言った。

「僕はスーパー鹿頭だから、目から光線を出してプロジェクターみたいに凪に外の景色を見せられるんだ」

「こわっ」

 私がボソッと言うと、カクは「失敬な!」とプンスコと怒っていた。



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