幽香の庵

 言ったあと、光輝さんは自分の事を語り始めた。



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 俺――、壱島光輝は八丁堀にある橋川神社の宮司の孫として生まれた。

 二十八歳の兄貴の和輝(かずき)はとてもできた人で、成績優秀でスポーツ万能、神道系の大学を卒業したあと実家の神社を継ぐべく神職に就いていた。

 二十一歳の妹の澄佳(すみか)も兄貴に似て成績が良く、大学では才媛と呼ばれている。

 三兄妹とも霊感があるが、俺ほどはっきり幽霊が視える人は他にいなかった。

 神主の息子として生まれた事も相まって、周囲からは「凄い」と言われたが、本人としては良さがまったく分からない。

 害のない存在ならともかく、中には絶対に目を合わせたら駄目だと、子供でも分かる存在もいる。

 祖父は偉大な曾祖父の話をし、『光輝は修行すれば曾祖父ちゃんのようになれる』と期待してきた。

 期待された俺と兄貴がどう育ったかというと、子供の頃から祖父に連れられてパワースポットと呼ばれる場所に連れて行かれ、全国各地の神社にお参りにも行った。

 どうやら神様に顔を覚えてもらうためらしいが、特撮テレビに夢中になる年齢の子供に、神社やら神様、霊やお祓いの話をされても『つまらない』しか感想がない。

 友達と遊びたいのに、俺は袴を穿いて境内の掃除をし、祖父が祈祷をしているのを正座して聞いた。

 習い事は神様に奉納する演舞としての、古武道の剣術だ。

 友達と一緒にサッカーチームに入りたかったのに、〝無駄な事〟は許されなかった。

 そんな日々を送っていたので、俺はすっかり家業が嫌いになっていた。

 小中学生の時は女子から『縁結びのお守りがほしい』と言われて困り、男子からは『あいつに関わると祟られる』とからかい混じりに言われた。

 救いだったのは大好きな兄貴も一緒に修行に加わっていた事だけれど、何事も器用にこなす兄貴に対し、俺は霊が見えるだけの凡人だ。

 なのに神道系の大学に通う事を決められ、望んでもいないのにその道に足を踏み入れる事になった。





『兄貴は神社を継ぐのに、迷いはないの?』

 大学生になってすぐ、俺は一人暮らしの兄貴が実家に帰ってきたタイミングで尋ねた。

 兄貴はいつも柑橘系の香水をつけていて、そのせいか、俺は街中で似たような香りを嗅ぐと兄貴を思い浮かべていた。

 つけているのは市販の物ではなく、うちの神社にある〝橘〟という名前の香水だ。

 兄貴はその爽やかな香りを気に入って、ほんの少し香る程度に愛用している。

 参拝者に『いい匂いですね』と言われた時はさりげなく紹介しているので、なかなかのやり手だ。

 俺の質問を聞いた兄貴は、穏やかな表情で答える。

『俺には光輝みたいな才能はないけど、実家が神社をやっているなら継がないといけないと思ってるよ』

『……俺はそれほどの情熱はないかな』

『光輝はまだ学生だし、そう思うのは仕方がない。確かに普通の人とは異なる道だけど、悪くないと思う。子供の頃から親しんできたものだし、俺は跡を継ぐために頑張ってきたから嫌だとは思わない。……ただ、俺は光輝ほど霊感がないから、お前の才能が羨ましいけどね』

 才能に溢れる兄貴に、幽霊が視えるだけの体質を羨ましいと言われても、褒められていると思えなかった。

『……視えて嬉しいなんて思った事ないよ。……俺は兄貴みたいに器用な人になりたかった』

『……嫌な思いをさせたならごめん。……俺は光輝みたいな才能がないから、勉強で自分の価値を示すしかないんだ』

 ハッとして兄貴を見ると、彼は少し寂しそうな表情をしていた。

『祖父ちゃんや父さんは光輝にとても期待してる。……もっと自分の力を信じていいよ』

 そう言ったあと、兄貴は俺の頭をクシャッと撫でた。