幽香の庵

 店に入った瞬間、私は靄に追いかけられた恐怖も忘れ、「わぁ……」と声を漏らした。

 店の中はハロウィンを意識した内装になっていて、黄色やオレンジのドライフラワーが天井から下がっている。

 雑貨屋なのか、木箱にはカラフルな宝石のルースがあり、動物の骨や外国のお守りっぽい物もある。銀の燭台に地球儀、時計に動物の置物、アクセサリーも置いてあるし、ティーカップなどの陶器もある上、綺麗なガラスの香水瓶も並んでいた。

 頭上には重たそうなアンティークシャンデリアが柔らかな光を放ち、和洋中問わない様々なランプも点灯している。

 壁際には装飾の見事な木製家具、椅子もあり、ハンティングトロフィーと言ったか、立派な角が生えた鹿の頭や動物の剥製もある。

 好奇心に惹かれて商品を見ていると、「いらっしゃい」と中性的な声がした。

「す、すみません、お邪魔してます……」

 遠慮がちに返事をした私は、店主に挨拶をしなければと思い、歩を進める。

 店の奥にはびっしりと香料の瓶が並んだ棚があり、声の主は白いファーがかけられたハイバックチェアに座っていた。

「香水ですか? ……あっ、だから外でもいい匂いが分かったのかな」

「外は臭いでしょ。ところで君、節分に玄関先に飾る、柊鰯って知ってる?」

(……いきなりだな)

 振り向きもしない店主にフレンドリーに質問をされ、私は閉口する。

(柊鰯か。確か、節分の時期に焼いた鰯の頭を柊に刺して、玄関先に飾る風習だっけ)

 知っている事は知っているので、私はおずおずと答える。

「祖父母の家でやっていたと思います。うちではやらないんですが……」

 店主はなおもマイペースに続ける。

「あれって魔除けの意味があるんだよ。鰯を焼いた臭さと煙とで鬼を寄せ付けず、近づいても柊の棘が鬼を刺す。だからうちの店の軒先にも、柊やバレリアン、オレガノを束ねた物を飾っている」

 そう言われ、私は店のドアにあった物を思い出す。

「蹄鉄も?」

「そう。あれは蹄鉄の形というより、魔物は鉄を嫌うというところからだけどね」

 言ったあと、店主は「こんなもんかな?」と言って小瓶を置き、椅子を回転させた。

「あっ……」

 私は店主の顔を目にし、驚きの声を漏らした。

(…………綺麗…………)

 ハイバックチェアに座って意味深な笑みを浮かべているのは、男性とも女性ともつかない美しい人だ。

 細身の体には地模様のついた黒い中華風の服を纏い、スリットの間からは黒いスキニーに包まれた脚が覗いている。服は男性が着るチャンパオに似ているけれど、女性向けのデザインも混じったような独特の形だ。その上にファーのついたガウンを羽織っているので、余計に性別の判断がつきにくい。

 おまけにロングヘアを一本の三つ編みにして胸の前に垂らしていて、爪にはボルドーのネイルを塗っているので女性かと思いきや、その手は節くれ立っていて大きい。

 キリリとした眉の下にある目は大きく、くっきりした二重の目に赤いアイシャドウを施している。陶器のような肌には染み一つなく、通った鼻の下にある唇にはマットのボルドーリップが塗られていた。

 私は目の前の麗人に圧倒され、しばし言葉を失っていた。

(凄い美人。女性? でも男性と言ってもおかしくないし、男性だってメイクをする)

 呆けていると、店主は微笑んでから立ちあがった。

「せっかく店に来てくれたんだし、お茶でも飲んでいったら? 息が切れていたし、走ってきたんでしょ」

「あ……、はい。ありがとうございます」

 立ちあがった店主は、百七十五センチメートルはありそうで、男性とも言えるし、モデル体型の女性とも言える。失礼ながら胸の膨らみで判断しようと思っても、ゆったりとした服を身に纏っているので分からない。

「そこの椅子に座っていなよ」

 店主は私の後ろを指さす。

 振り向くと応接セットがあり、長方形の木製テーブルと四脚の椅子があった。

「は……、はい。どうも」

 おずおずと腰かけると、店主はバックヤードに続くビーズカーテンをくぐり、奥でお茶の準備をし始めた。