幽香の庵

「……会社の先輩だよ」

 ――繋がった。

 私はそう思い、鳥肌を立てる。

「まさか、緋一さんが出てくるとはなぁ……」

 光輝さんも職場の先輩の名前が出ると思わなかったのか、若干動揺している。

「とりあえずどうしようか。協力したいけど、今日はもう遅い。柚良ちゃんの所に行っても、こんな時間なら会ってもらえないだろ?」

 と、凪さんがパンと両手を胸の前で打った。

「今日はこうして縁を繋ぐのが目的。光輝は帰って、明日店に来て。千秋はうちに泊まっていいよ」

 すると光輝さんは挙手して尋ねる。

「どうやってこの店に来ればいいんですか? 今回はたまたまで……」

 凪さんは立ちあがり、「君、何月生まれの何座?」と光輝さんに尋ねる。

「七月生まれの獅子座です」

「じゃあ、スフェーンでいいかな」

 彼女はそう言いながら商品が並んでいるコーナーへ行き、小さな宝石が沢山入っている木箱を覗く。

「光輝、ピアスホールは空いてる?」

「空いてません。つけてたら会社でしばかれますよ」

「それもそうだね。ブレスレットも難しいときたら……、ペンダントならアリ?」

「それしかないですね。……っていうか、何なんですか?」

「お守り」

 凪さんは黄色い宝石を手にして机に戻り、眼鏡を掛けると工具を持ち、スフェーンのルースをあっという間にペンダントトップにしてしまった。

「私は本職じゃないから、簡易的な作り方しかできない。もしも心配だったら自分で加工してくれる人を探して、しっかりした物を作ってもらって」

 凪さんはそう言い、「少し太めのチェーンのほうがいいかな?」と言ってシルバーのチェーンをペンダントトップに通す。

「はい」

「ど、どうも……」

 光輝さんは戸惑いながらも、会釈をしてペンダントを受け取る。

 ていうか、迷い人に狙われてるのは私なんですが!

 そう思い、私は身を乗り出して挙手し、凪さんに訴える。

「お願いします! 私にもお守りください! 死にたくないです!」

「……よかろう」

 凪さんは勿体ぶった言い方をし、鷹揚に頷いてみせた。

「ははーっ! ありがたき幸せ!」

 私はノッたまま感謝を示し、「良かったー」と胸に手を当てて溜め息をつく。

「光輝に渡したのは魔除けだけど、この店に来るための通行証でもある」

「なるほど」

「一応ペンダントにしたけど、ポケットに入れてもOK。でも忘れたらアウトだからね」

「…………着けます」

 光輝さんはこっくりと頷き、ペンダントを着けようと両手を首の後ろに回す。

 でもアクセサリーに慣れていないのか、微妙な表情で指先を動かしている。

「やってあげましょうか?」

 チャンスだと思って言うと、彼は「ありがとう」と私に背中を向ける。

 光輝さんは男の人らしい太い首をしていて、そこにはすでに普段から着けているらしいペンダントのチェーンがあった。

(素敵な人だけど、慕ってる人がいるんだよなぁ……)

 心の中で溜め息をついたあと、私は手を放して言う。

「はい、できましたよ」

「ありがとう」

 私が座ると、凪さんが提案した。

「千秋のお守りはあとで作るとして、光輝はそろそろ帰っていいよ。明日の午前中にでも来られる? 通行証を持ってこの辺りのドアを開けながら店に入るイメージをすれば、自然と扉は開かれる」

「やってみます。十時くらいには来られるようにしますが、もしも上手く繋がらなかったらすみません」

「その時は使いでも出すよ」

 凪さんが言った時、またいきなりカクが口を開いた。

「お客様のお帰り~!」

「うわぁっ!」

 光輝さんはさっきの私みたいに跳び上がって驚き、声の主を探してキョロキョロする。

 あの鹿、本当に悪趣味だな……。

 黙っていたから私も存在を忘れかけていたけど、こうやって光輝さんを驚かせるために沈黙していたのか……。

「ハロー、カクで~す!」

 カクは首だけこちらに巡らせ、器用にウインクしてみせる。

 それを見た光輝さんは完全に固まっていた。……そうなりますよね。

 光輝さんは無言で凪さんを振り向き、口をパクパクさせてカクを指さす。

「そういう事ってあるよね!」

「ねぇよ!」

 明るく言った凪さんに、光輝さんは全力で突っ込んだ。