苦手なアイツと同じ委員会になりました

「瀬戸、また委員会サボってんじゃん」

放課後、机に座ってスマホでゲームをしていると、クラスメイトの新堂が教室に入ってくる。

「俺、忙しい男なんで」

スマホを見ながら答えると、新堂は呆れた顔をする。

「絶対暇なやつだろ、それ」
「俺には帰宅っていう大事な用事があるから」
「用事って言わねーだろ、それ」
「帰宅をナメんな。人類にとって最も重要な活動
だから」
「お前の中の人類、怠惰すぎるだろ」

そう言って適当に笑って、ゲームに視線を戻す。

「ほんと、お前面倒くさがりだよな」
「その通り」
「否定しろよ」
「いや、あってるし」

俺は、昔からめんどくさいことが嫌いだ。
だから、面倒そうなことはなるべく避けてきた。それでも、顔よし、ノリよしの俺は、いつも周りに人がいた。女子には普通に告られるし、男子からも色々と誘われる。呆れられることはあっても、嫌われることは、ほとんどないのが俺だった。

でも、まさか委員会を押し付けられるとは思ってなかったのだ。

「中原に言いつけるぞ」
「やめとけ、多分気まずくなるぞ」

俺じゃなくて、お前がな、って言う言葉を含めて言った。どうせ中原は、俺が意図的にサボってることくらい知ってる。多分、俺が中原のこと苦手なのも。

「お前、なんでそんなに中原と仲悪いわけ?」

新堂が聞いた。

「別に、仲悪くはない。つーか、その段階にいくほど関わってねーし」

多分、まともに会話したことも、あるかないかくらいだ。あるとしても、あっちから声かけてきて適当に返事したくらい。まぁ、俺が自分からあんまり関わろうとしてないからなんだけど。

「でも、明らさまに嫌ってんじゃん」

新堂が言った。

「嫌いってほどじゃないけど、苦手。ああいうの」
「えー、なんで?あいつ、いい奴じゃん」

いい奴。
そう、中原碧は、典型的な『いい人』だった。誰かが困ってたら、手を差しのべる。積極的に人の手伝いをする。先生からも、友達からも信頼される。いつも笑顔で振る舞う、好青年。

だから、女子にモテるし、男子もあいつのことを嫌いな奴なんて聞いたことがない。

だからこそ苦手だった。

「俺とは合わねーよ」

そう言い残して、教室を出た。

俺は、ああいう、自分はいい子ですアピールしてるやつが、一番苦手だ。いかにも偽善者って感じ。
昇降口まで歩いていると、図書室の前を通りかかった。そこでは、一人で委員会の仕事をしている中原の姿が目に映った。

…やっぱ苦手だ。

あいつ、俺がサボってること分かってるくせに、何も言ってこねーし、毎日毎日、『いい人』のキャラやって疲れないんだろうか。
俺には関係ない。
そう思いながらも、見て見ぬふりして図書室を通り過ぎた。

それが何回か続いた。

「瀬戸ー、今日の委員会は?(笑)」

と、クラスメイト数人が笑いながら俺の席に来る。

「委員会ってなんだっけ?」

「やべー、もう末期だわ(笑)」

笑い声が教室に響く。その時、教室のドア何ガラガラっと開いて、クラスメイトの佐々木が入ってきた。

「あれ、お前ら何やってんの?」

佐々木が聞いた。

「いや、瀬戸が委員会サボってるって話」

クラスメイトの一人が答えると、佐々木は、納得したように笑った。

「さすが瀬戸(笑)
まぁでも、よかったじゃん。中原なら、なんでもしてくれるし」

そこには、少しだけ、嫌味が含まれているようにも感じた。

「中原って、頼んだらしてくれるから、本当に便利」

「お前、酷すぎ(笑)中原と仲良いくせに」

「いや、別に嫌いじゃないよ?いいやつだし。ただ便利だよなって言ってるだけ」

俺は、適当に聞き流した。

中原は、毎回、今日委員会に来れるか聞いてくる。俺は、その度に適当に理由をつけて断っていた。

そして、毎回、サボって帰っている時に、中原が一人で大変そうにしている姿を図書室の窓越しに見るはめになった。

このまま、サボり続けよう…と思っていたのに、その日は、俺の意志とは反対に手は勝手に図書室の扉を開けていた。

さすがの俺でも、自分のせいで大変そうにしてるの見ると、自然と罪悪感が湧いてきてしまったのだ。

何してんだ、俺。

「何したらいい」

何言ってんだ、俺。

気づけば、そんな言葉を口にしていた。中原は、驚いた顔をして

「え、手伝ってくれるの?」

と俺に聞く。

「先生に仕事しろって言われたから」
「そっか」

嘘である。
でも、今までサボってた手前、自分から手伝う、とはとても言えなくて、咄嗟に先生を出した。

「この本戻すの手伝って欲しい」

中原が指した返却ボックスには、まだ多くの本が残っている。

「…めんど」

これは、さすがにめんどくさい。
でも…

「じゃあしなくていいよ」

そんなふうに言われるとは思ってなかった。
だからだろうか、中原にそう言われると、とても帰れなかった。

「いや、する」

自分でもびっくりしていた。俺が、自らめんどくさいことを引き受けるなんて。
俺は、ひたすら本を棚に戻した。

めんどくさい。
帰りたい。
絶対俺がすることじゃない。

そんなことを思いながらも、手を動かしていた。

*

さっきまでは、なんだかんだで少し真面目に作業をしていた。

例えば……本を棚に戻したり、返却された本を種類ごとに分けたりするなど、中原が黙々と作業しているから、俺も一応、それに合わせて手を動かしていた。

……けど。

こういう静かな空間で、ずっと真面目に作業しているなんて、俺には向いていない。

「……もういいや」

小さく呟いて、俺は持っていた本を適当に棚へ戻すと、近くにあった椅子を引いて座った。

「はぁ……」

ため息を吐きながら、背もたれに体を預け、ポケットからスマホを取り出して、画面を開けば、勝手にいつもの見慣れた画面が出てくる。SNSを眺めたり、TikTokを見たり、適当に動画を見たりしている方が、楽しい。

図書室は、相変わらず静かだった。
聞こえてくるのは、ページをめくる音と、時々どこかの棚から本を抜き取る音くらい。

……静かすぎる。

なんというか、こういう場所は性に合わない。そもそも、図書室なんて、来たこともなかった気がする。

暇つぶしにスマホをいじりながら、俺は、別に気にしてるとかではないけど、なんとなく横目でチラリと中原を見た。
中原は、俺がサボっていることなんて気にも留めていないみたいに、一人で黙々と作業を続けていた。
作業というのは、机の上に積まれた本を一冊ずつ確認して、分類して、棚に戻したり。

真面目すぎだろ。

「……くそ真面目」

思わず、小さく呟いた。
別に聞こえてほしかったわけじゃないけど、静かなせいか、自分の声が妙に大きく聞こえた気がした。

しばらくして、俺はスマホから顔を上げる。
そして、また中原を見る。
やっぱり、まだやってる。
見ているだけで、なんとなくイライラしてきた。

……なんでこいつ、そんなに真面目にできんの?

俺だったら、とっくに飽きてる。
いや、もう飽きてる。
気づけば、俺は自分から中原に声をかけていた。

「お前さ、よくそんなに真面目にやれるね」

俺は、自分から中原に声かけた。中原は、作業していた手を止めてこっちを見る。

「そう?仕事だからしてるだけだよ」
「そ。偉いねー」

嫌味を込めて言った。

「別に偉くないよ、普通のことしてるだけ」

それが、ひどく皮肉を交えてるように聞こえた。

「何が言いてーの?」
「別に」

こいつ…意外と性格悪い。教室でいる時とキャラ変わりすぎだろ。

「俺、バカだから優等生の言葉は分かんねーわ」
「そう」

怒るわけでも、呆れた顔をするわけでもない。
だから、逆にイライラする。

「お前、ほんとむかつく」
「知ってる」

中原は、作り笑いを浮かべる。その顔。いちばん嫌い。

「俺、先帰るわ」

さすがに限界を感じて、カバンを手に持って席を離れる。

「あ、瀬戸!」

扉を開けようとすると、中原に名前を呼ばれる。
「……何?」

早く帰りたいのに。

「今日、来てくれてありがと。ちょっとだけど助かった。次も、来れたら来て」
「絶対来い、じゃないんだ」

つい、思ったことを聞いていた。

「だって瀬戸、俺が絶対来いって言っても、結局は気分だから」

中原は、作り笑いのまま毒を吐く。

「無理に説得させる方が面倒だし」

やっぱり、こいつは…

「性格わるくね?」
「瀬戸にだけは言われたくない」
「うざ」
「知ってる」

なんなんだよ、ほんと。俺は、言い返さずに図書室を出る。

ムカつく。

俺は、早足で学校から出て、家に帰った。
この日をきっかけに、俺は、中原に対する見方が変わった。

*

朝、学校に行けば、中原は人に囲まれている。親切にして、笑顔振りまいて。
でも俺は、あの笑顔の裏にある顔を、知ってしまった気がした。

「……猫かぶり」

誰にも聞こえないような小さな声で呟く。

「瀬戸ー、何見てんの」

新堂が不思議そうに俺のところに来る。

「中原?」

新堂は俺の目線をたどって聞いた。

「……別に」
「出た、中原アンチ」
「……アンチじゃない」
「じゃあ何?」
「苦手」

なぜだか、嫌い、と言いきれなかった。

「一緒だろ」
「嫌いになるほど、俺はあいつのこと知らねーから」

そう。中原のことは、知らないことだらけだ。優しいだけの好青年だと思ってたけど、意外と言う時は言うし。性格も、もしかしたら、普通に悪いのかもしれない。

「で、今日は委員会行くの?」
「行きたくない」
「行かない、じゃないんだ?」

俺は答えられなかった。行かない、と言いきれなかったのは、中原の『来てくれてありがとう』と『来れたら来て』という言葉が、頭に残っていたからかもしれない。

放課後。
本当は、帰りたかったけど、結局俺は、図書室に来ていた。

「え、来たんだ」

中原は驚いた様子でこっちを見る。俺だって、サボらずに参加した自分の行動に驚いている。

「お前が来いって言ったんだろ」
「ほんとに来るとは思ってなくて」

いちいち癪に障る。

「お前、ほんと性格悪い」
「はいはい」

適当にあしらわれる。

「じゃあ、これ手伝ってもらってもいい?」
「またこれ?めんどくさ」
「嫌ならいいけど」

またそういう言い方…

「お前さ、なんでそういう言い方ばっかなの?」
「そういうって?」
「嫌ならいい、とか、しなくていいとか」

仕事が増えるのは、お前なのに。

「別に……俺にとっては、説得する方がめんどくさいから。一人でできない量でもないし」

「お前、めんどくさいとか言うんだ」

初めて聞いたかもしれない。なんでも喜んで引き受けてるイメージしかなかったから。

「そりゃ人間だから」
「でも、俺にだけ当たり強くね?口悪い」
「それは瀬戸の態度があからさまだからでしょ」
「お前、性格悪いって言われない?」
「初めて言われたかも」

まぁ、俺も聞いたことはないけど。

「みんな騙されてるじゃん」
「そうかもね」

ほんと、ムカつく。
だけど。
少しだけ、面白いと思ってしまった。
その時、他学年の生徒が尋ねに来る。

「あの、この本って…」
「ああ、これはね」

いつもの笑顔で対応。よくやるなぁ、と思う。

「ありがとうございます」
「困ったら、また言ってね」
「はい!」

その生徒は、嬉しそうにしながら帰って行く。俺は、そんな中原の様子をじっと見る。

「……何?」

それに気づいたのか、中原は俺の方に振り向いた。

「よくやるなって思っただけ。その『いい人』キャラ」
「そんなんじゃない。困ってたら放っておけないだけ」

困ってたら放っておけない、なんて、そんなの、漫画のヒーローが言うような、綺麗事にしか思えない。

「あっそ。疲れねーの?」

俺は聞いた。
俺だったら、絶対ムリ。
誰でも彼でも優しくしてたら、疲れるに決まってる。

「疲れるよ。
でも……もし困ってるのが自分だったら、誰かに助けて欲しいと思うから。
自分は見て見ぬふりして、自分が困った時だけ人に頼るとか、そんな都合のいいことできない」

もし困ってるのが自分だったら。そう言う考えを、俺はしたことがなかったけど……
中原の真っ直ぐな瞳から、今の言葉は、本心から言ってるんだと、嫌でも気付かされてしまった。

「瀬戸、ぼーっとしてないで手動かして」

とはいえ、こいつ……絶対俺にだけ当たりが強い。

「はいはい」

俺は、言われた通りに返却本を棚に直す作業をする。

「めんどいって言わないんだ?」

中原は驚いた顔で俺を見る。俺は顔を歪めた。

「もしかして俺、バカにされてる?」
「ごめん」
「いや、そこは否定しろよ」

そう言うと、中原は「ふっ」と吹き出して小さく笑った。俺は、中原のこんな顔を、初めて見た。

こいつ、こんなふうに笑うんだ。いつもの作った笑顔じゃなくて、少し子供っぽくて、少し楽しそうで。

つられて俺も、少しだけ笑ってしまった。

*

「瀬戸、来るの遅い」

そして中原は、俺に堂々と文句を言うようになっていった。

「十分とか誤差じゃん」
「誤差じゃない」
「お前、ほんと俺に厳しい」
「瀬戸がちゃんとしないから。ほら、瀬戸って一時間遅刻しても誤差って言いそう」

くそ…身に覚えがあってしまう。

「うるさい」
「図星?」
「うるさい」
「二回言った」

俺は黙ると、中原は少し笑う。なぜだか分からないけど、こいつが笑うと俺も笑ってしまう。

「バカ」

自然に笑っているのを認めたくなくて、照れ隠しにそう言う。

「瀬戸よりは頭いいと思うけど?」

言い返せない。
なぜなら、中原は学年でもトップクラスに頭がいいから。テストの順位も、たいてい上位十位以内に入っていて、はりだされている。

「お前、言うようになったな」

いつもの誰にでも優しくて笑顔を振りまいている好青年の姿はどこ行ったんだよ。
遠慮ないし。
人のこと煽るし。

「ほら、遅刻したくせにサボらないで働いて」

中原は、自分が作業していた分の半分を俺に渡す。

「ほら」
「⋯⋯何」
「瀬戸の分」

いや、これ半分じゃなくね?明らかに俺の方が積み上げられてる高さが高い気がするんですが。

「いや、多くね?」
「半分にしたんだけど」
「どう見てもこっちの方が多い」
「気のせい」

絶対気のせいじゃない。

「瀬戸がサボってるから」
「お前が突っかかってくるからだろ」

と俺が文句を言うと

「俺は事実言っただけだから」

と、すぐに言い返される。

「ああ言えばこう言う」
「瀬戸のせい」
「俺じゃない。中原のせい」

そう言うと、中原は、動かしていた手を止めた。

「瀬戸…⋯今、初めて俺の名前呼んだ」

中原は嬉しそうにそう言った。

「そんなことない」
「ある」
「ない」

口を開けば言い合い。
なのに、嫌じゃなかった。それどころか、少し楽しんでいる自分がいた。

「俺ら、最近こればっかじゃん」
「ふっ、たしかに」

中原の言葉に、思わず笑ってしまった。

「お。笑った。めずらしい」

中原は、めずらしそうにこっちを見る。

「そう?」

俺、結構笑ってる方だと思うけど。

「いつもは、笑ってるけど、無理して笑ってる感じがあったから」
「それ、お前が言う?」

俺は思わずツッコんだ。

「それはそう」
「認めるのかよ」
「だって事実だし。でも…瀬戸も、そっちの方がいいよ。俺は、その方が好き」

その言葉に、少しだけ、ドキッとしてしまった。もちろん、特別な意味がないことくらい分かっているけど。

中原碧は変わってると思う。いつもは、誰にでも優しい好青年なくせに、意外と口悪いし、煽ってくるし、性格悪い。だけど、真っ直ぐで、笑ったら子供っぽい。

前は、苦手だと思ってた。でも…今は、そんなこと思わなくなっていた。

中原碧は、面白い。
一緒にいるほど、どんどん知らない顔が見えてくる。
もっと知りたいと思う。

こいつとのくだらない言い合いが、俺にとって大切な時間になっていくことは、この時の俺は、まだ気づいていなかった。