苦手なアイツと同じ委員会になりました

「じゃあ、図書委員は、中原と瀬戸でよろしく」

目の前の黒板に、白いチョークで、中原碧、と自分の名前が書かれる。
その隣に、一拍遅れて並んだのは、瀬戸唯。同じクラスの男子だ。

「お、中原、図書委員じゃん、向いてそう」

後ろの席の佐々木が、俺の肩を軽く叩く。

「えー、俺、中原と一緒が良かったのに」

席の近い友達が、俺の席に集まる。

「中原に任せとけば安心だし」
「ちゃんとやってくれそう」

そう言ってくれて嬉しい反面、その言葉の裏には、何でもしてくれるから、という意味が含まれているようで、素直に喜べない。

俺は、昔から頼まれたら断れない性格だった。いや、断れない、は違うかもしれない。優しいとか、そう言うんじゃなくて、ただ、なんとなく放っておけないだけ。まぁ、その結果が、今の「頼れる中原」なんだけど。

困ってると思うと、どうしても、気になってしまう。そのせいか、頼られることが多かった。

「てかさ、中原と瀬戸が同じ委員会ならさ、絶対図書室に来る人増えるじゃん」

「そう?」

「そうだろ!イケメン二人が一緒なんだから。ほら、女子もあそこで騒いでんじゃん」

言われた方を見ると、女子が固まって黒板を見ながら騒いでいる。

「中原くんと瀬戸くんが一緒とか、図書委員ヤバすぎ!」
「二人が並んだら、絶対オーラすごいよね」
「うちの学年の2トップじゃん!目の保養」

2トップ。
俺と瀬戸唯は、周りからそう呼ばれることが多い。顔がいいとか、目立つとか、多分、そう言う理由で。
別に、なんて呼ばれようがどうも思わない。

そもそも、自分がそんなふうに見られていることにも、いまだに少し違和感がある。

けど、問題はそこじゃなくて……

「瀬戸、よろしく」

「あー、うん。よろ」

目も合わないまま、それだけの、短い返事。

そう、俺と瀬戸はあまり仲が良くない。話しかけたら普通に返事してくれるし、直接何かされるわけではないけど、なんとなく距離がある。

「瀬戸、お前、絶対サボるじゃん」

離れた席から、瀬戸たちの話し声が聞こえてくる。瀬戸の周りには、すでに何人もの男子が集まっている。

「当たり前じゃん。ダルすぎ」

瀬戸は、笑いながら答える。

「このサボり魔め」

クラスメイトが言った。

「俺、図書委員とか向いてねーし」
「お前はどの委員会になってもサボるだろ」
「よく分かってんじゃん」
「お前ヤバすぎ」

声が大きいので、聞こうとしてなくても、つい、聞いてしまう。

「まぁでも、中原と一緒ならまだいいじゃん。頼りになるしさ」

突然、自分の名前が出てきて、つい反応しそうになってしまった。

「……さあな」

瀬戸は、曖昧な返事だけ、残す。
瀬戸は、大のめんどくさがり屋だ。軽いし適当。面倒なことはしない。それなのに、瀬戸の周りにはいつも人が集まる。俺みたいに、頼られるからじゃない。ただ、自然に。

「瀬戸ってすぐサボるから中原くん可哀想~」
「二人並べば最強なのにね」

聞こえないふりして座っていると、

「中原くん、ちょっと来て~」

瀬戸の周りにいる女子に呼ばれる。

「何ー?」
「ほら、ここ並んで!」

俺が瀬戸の席の近くに行くと、女子は俺と瀬戸を交互に見ながら頷く。

「やっぱりイケメン二人が並ぶと破壊力やばいわ」

なんて反応したらいいか分からず、俺が困ったように苦笑いしていると、瀬戸は、小さく息を吐いた。

「あー、俺、トイレ行ってくるわ」

そう言って、瀬戸は席を離れる。

「うわ、アイツ露骨だなー…」

誰かがボソッと呟く。言ってる意味は何となく分かる。俺は多分、瀬戸に良く思われてない。瀬戸にとって俺は、どちらかというと、嫌いな部類なんだろう。

「中原くん、瀬戸のことよろしくね~」

女子が、冗談っぽく、俺の肩を叩いた。

「うん、まかせて」

俺は笑顔で答える。

「中原くんってほんと優しいよね」
「そんなことないよ」

俺は笑って否定した。

「優しいしかっこいいし、ほんと、理想の彼氏だわ」

女子と話してると、瀬戸が戻ってくる。

一瞬だけ目が合ったものの、すぐ逸らされてしまう。

俺がいたら気に食わないだろうし、俺も席に戻った。

*

「瀬戸、今日の放課後、委員会あるから図書室来てね」

次の日の朝、俺は、瀬戸の席に行って、そう伝えた。昨日決めたことだから、さすがに覚えてると思うけど、念のため、言っておきたかった。

「委員会?あー……」

瀬戸は、面倒くさそうに口を開く。

「俺、今日用事あるから帰るわ」
「そっか」

用事あるなら仕方ないと思って、特に何も言わなかった。無理に引き止めるようなことでもないし、初日から来られないことくらい、別に珍しいことでもない。明日からはちゃんと来てくれるかもしれない。

でも……

委員会二日目。
俺は、前回と同じように瀬戸に声をかけた。
だけど、帰ってきた返事は———

「ごめん、今日もムリ」

三日目。

「今日も」

四日目。

「忙しい」

返事は、日に日に短くなっていった。四日目には、もう目も合わなかった。

別に期待していたわけではない。
委員会活動が始まる前から、瀬戸は友達とサボりたいって言ってたから、来ないかもしれないとは思っていたけど、一応同じ委員になったんだから、一緒に仕事をするものだと思っていた。

ただ、瀬戸が来ないこと自体よりも、毎回その分だけ俺の仕事が増えていくことの方が困っていた。

貸出や返却の手続き。

返却された本を元の場所に戻す作業。

本棚の整理。

一つ一つはそれほど大変じゃないが、一人で全部やろうとすると、意外と時間がかかるのだ。
そして、瀬戸は来ないので、委員会の時間が終わっても、俺だけ残って作業を続けることが増えていた。

窓の外は、さっきまで真っ青だったはずなのに、もう夕方の色に変わっている。

時間の流れって早いなぁ……

ドンドンと、廊下を走っていく生徒の足音や、聞こえてくる話し声も、少しずつ減っていた。

図書室の中には、ページをめくる音と、時々聞こえる小さな咳払いの音が響く。

俺は返却された本を一冊ずつ手に取って、本棚へ戻していく。

「来ないかぁ」

ドアの方を見ながら、小さく呟いた。
図書室で仕事をしながら、ふと窓の外を見る。図書室では、来た人がパラパラとページをめくる音だけが聞こえる。

「これ、お願いします」
「はい」

カウンターで、本の貸出作業をする。

「ありがとうございます」

図書委員の仕事は、意外と大変だ。貸出・返却だけでなく、本棚の整理や、返却本を戻す作業、ブッカーを貼り付けたりもしないといけない。

「終わるかな…」

俺は、誰にも聞こえないような小さな声で、ボソッと呟く。

委員会が始まってから、もう一時間近く経っていた。

本棚にはまだ戻しきれていない本が何冊も残っている。カウンターの上には、整理しなければならない返却カードもある。

「……よし」

一度、深く息を吐いて、また本を手に取った。
別に、瀬戸を責めたいわけじゃない。
だって、用事があるなら仕方ないし、忙しいなら仕方ない。

そう思っている、はずだった。

「一人だと、やっぱり大変だな……」

そのとき、廊下の向こうから、男子数人の笑い声が聞こえてきた。

「やば、マジで?」

この声……

「それはウケるって!」
「だろ? だから言ったじゃん」

クラスメイトの、明るくて、楽しそうな声に反応して、俺は何気なく顔を上げた。
図書室の窓から廊下が見え、その向こうを、数人の男子が歩いていく。
そして、その中に、瀬戸の姿を見つけた。

「……瀬戸」

思わず、手が止まった。
瀬戸は友達に囲まれて、楽しそうに笑っていた。
いつも教室で見るのと同じ顔。
面倒くさそうにしているときとは全然違って、声を上げて笑っている。

「瀬戸、今日どっか行こうぜ」
「んー、いいよ」
「やった」
「お前ら暇すぎだろ」

そう言いながらも、瀬戸は笑っていた。
その姿を、俺は図書室の中から見ていた。

……用事って、これだったのかな。

そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ重くなった。
別に、友達と遊ぶことが悪いわけじゃない。
俺だって、友達と遊ぶことくらいある。
だから、責める理由なんてない。
だけど……

「……俺には、来ないって言ったのに」

ぽつりと、言葉がこぼれた。
瀬戸は俺が図書委員の仕事をしていることなんて、知らない。

……いや、知っているはずだ。
だって、今日も朝、ちゃんと伝えたし。

『今日、委員会あるから来てね』

でも、瀬戸は、俺との約束より、友達と遊ぶ方を選んだ。

「……まぁ、別に、いいけど」

自分に言い聞かせるように呟く。

でも、俺だって、一人だと大変なのに。そんな弱音、絶対言わないけどさ。

もう一度、本棚に向き直る。
けれど、さっきまで気にならなかった本の重さが、妙に腕に残った。
廊下からは、まだ瀬戸たちの笑い声が聞こえている。

「じゃあ、駅前行こうぜ」
「俺、腹減った」
「瀬戸、お前奢れよ」
「なんで俺なんだよ」

図書室が静かなせいもあって、廊下に響く楽しそうな声に、どうしても、耳が反応してしまう。
その声を聞くたびに、胸の奥が少しずつざわついていることくらい、分かっているのに。
俺は、本を棚に戻した。

「……」

何も考えないように、仕事だけに集中するようにすれば、きっと、気にならなくなるはずだ。そう思った。

「あら。中原くん一人?」

図書室の入り口から、司書さんの声がして、顔を上げる。

「瀬戸くんは?」

その名前を聞いて、ほんの少しだけ黙る。

「今日は、用事あるって言ってました」
「そうなのね」

司書さんはそれ以上聞かずに、図書室を出ていった。

もう、外はかなり暗くなっている。

「……早く終わらせよう」

そう呟いて、また本を手に取った。

瀬戸は、明日もきっと──。

そんな考えが浮かんだけれど、俺はすぐに頭を振った。

そんなこと、考えたところでどうにもならない。

俺は一人で、本棚の整理を続けた。
誰もいない図書室に、本を戻す音だけが響いていた。

*

最初の頃は、少しくらい残念だと思っていた。
二人でやれば早く終わるのに、とか。
せっかく同じ委員になったんだから、一緒にやった方がいいのに、とか。

それと……やっぱり一人だと、少しだけ寂しい。

でも、何日も同じことが続いていると、だんだん何も思わなくなってきた。

「今日も中原くん一人?」

学校の図書室にいる司書さんに聞かれる。

「そうみたいですね」

図書室のカウンターに座りながら、俺は時計を見る。
委員会の開始時間は、とっくに過ぎている。
図書室の入り口を見ても、瀬戸の姿はない。
別に驚きもしなかった。
俺は小さく息を吐いて、目の前の返却本に手を伸ばした。

「これ、お願いします」
「はい」

返却された本を受け取る。
バーコードを確認して、返却処理をする。

「ありがとうございました」

生徒が出ていくのを見送ってから、俺は本を抱えて本棚へ向かった。
棚には、少しだけ隙間が空いている。
その場所に本を戻す。
けれど、隣の本が少し前に出ていることに気づいて、ついでに何冊か並べ直した。
一冊直すと、今度はその隣が気になる。
結局、何冊も手に取って、背表紙の位置を揃えていく。

「……まあ、いっか」

誰に言うでもなく呟く。
こういう細かい作業は、やり始めると止まらなくなる。
気づけば、また時間が経っていた。
窓の外を見ると、空はもう夕方だった。
オレンジ色の光が校舎の壁を照らしている。
図書室に残っている生徒も、少なくなっていた。

「そろそろ帰る時間だな……」

そう思ったけれど、まだ返却本が残っている。
俺はそれを見て、もう一度本棚へ向かった。

一人で仕事をすることも。
帰る時間が遅くなることも。
全部、いつの間にか当たり前になりつつあった。

「はぁ……」

俺は、ため息をつく。

その時、ガラガラッと扉が開いた。

そこにいたのは、毎回断り続けていた瀬戸だった。

「え、瀬戸?」

なんで……

瀬戸は、ポケットに手を入れたまま、ダルそうに歩いてくる。

「何したらいい」

瀬戸がそんなこと言ってくれると思ってなくて、驚きのあまり一瞬固まる。

「……え、手伝ってくれるの?」
「は?じゃなきゃ来ねーだろ」
「いや、うん、そうなんだけど」

まさか、来てくれると思わなかった。

「先生に仕事しろって言われたから」
「そっか」

多分、帰ってる途中にでも捕まえられたんだろう。理由がそれだとしても、来てくれたことに変わりはない。

「この本戻すの手伝って欲しい」
「……めんど」

いつもの返事。

「じゃあしなくていいよ」

なるべく優しめにそう言うと、瀬戸は少しだけ目を見開いた。

「いや、する」

そう言って、瀬戸は言われた通りに返却ボックスにある本を戻し始めた。てっきり、じゃあいいや、って言って帰るかと思ってた。

適当なだけの人だと思ってたけど……案外、そうでもないのかもしれない。そう思い始めるきっかけとなる出来事だった。

俺と瀬戸は、正反対だ。

そのはずなのに、この日初めて、同じ棚の前に並んで立っていた。

そしてこれは、正反対の俺たちの関係が、図書委員会を通して少しずつ変わっていく一つの物語。