僕だけに聴こえる星の歌

 それから一時間ほど、かじかむ手に温かい缶コーヒーを包みながら、星の話をした。満天の星空を見上げていると、自分がどこに立っているのかさえ分からなくなるような不思議な感覚に包まれる。
 
 十月の水辺の風は思った以上に冷たかった。俺が肩を小さくすくめると、直哉さんが「そろそろ帰るか」と言った。手の中の缶コーヒーは、もうすっかり冷たくなっていた。
 
 駐車場へ向かって暗い夜道を歩き出した。前を歩く直哉さんの背中を追っていると、ふいに、振り向くことなく声をかけてきた。

「こっから飯食いに行って、その後送るな」

『もっと話したいです』『帰りたくないです』という言葉が喉元まで出かかって、俺は思わず足を止めた。
 歩みを緩めた直哉さんが、無言になった俺の顔を不思議そうに覗き込んできた。
 
「え? 腹減ってない?」
「減ってます。でも……」

 言葉が詰まり、視線を足元に落とした。
 
 直哉さんは柔らかく、ふっと笑った。

「じゃあさ、カラオケ行こーぜ。お前のためだけに歌ってやるわ」
 
 直哉さんにとっては、何気ない誘いなのかもしれない。けれど俺にとっては違う。昔は何千人、何万人というファンの前で歓声を浴びながら歌っていた人が、今夜は、俺ひとりのためだけに歌ってくれると言うのだ。正直、夢なんじゃないかと思うほど嬉しい。けど……。
 
 そんなことされたら、この気持ちは加速度を増して、止まらなくなるだろうと思う。

「久々に歌うから、声出っかな〜」
 軽い調子でそんなことを言いながら、直哉さんはポケットに手を入れ、少し前を歩いていった。
 
 夜の静寂の中に、ふたりの靴音だけが響いていた。
 
 少しずつ離れていくその背中を見つめているうちに、胸の奥から溢れ出す愛おしさに耐えきれなくなった。
 俺はたまらなくなって、思わず声を張り上げていた。

「直哉さん!」
「ん?」

 直哉さんが肩越しに振り返る。
 
 俺は一度、空を見上げた。星がひとつ、流れた。冷たく澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、それから直哉さんを真っ直ぐ見つめた。

 
「そんなことされたら……俺、本当に好きになっちゃいますよ」

 一瞬、静寂がふたりを包んだ。
 
 直哉さんは驚いたように少しだけ目を見開いた。
 そして、ゆっくりと口元を緩めると、優しく柔らかい声を落とした。
 

「……なったらいいよ」


 完